「next to normal」【歌詞の予習】最初の4曲を翻訳してみたら投薬治療のやばさが分かった

ミュージカル『next to normal』の翻訳に挑戦し、内容を読み解くシリーズ第1弾。

双極性障害を抱える主人公とその家族という、一見重くて馴染みのない人にはないテーマなので、前知識がないと理解しやすい作品とは言えないかも知れません。ご観劇前の予習としてどうぞご活用ください。

この記事では最初の4曲に日本語訳をつけていきます。歌うための訳詞ではなく、英語の原詞を深く理解するための逐語訳です。この4曲をまとめて見ることで、主人公のダイアナを含む4人家族がどんな状態かがだいたい分かります。

楽曲の翻訳

Prelude

ダン:
光あれ
今こそ光あれ
あまりにも長い間 暗闇の中にいた
終わりなき夜の中に

ダンとナタリー:
光あれ
太陽と月の百万の光よ
この夢から私を覚まして
目覚めて現実の中に生きられるように
私たちを癒して
光あれ

Just Another Day

ダイアナ:
みんな本当に素晴らしい家族 愛すべき存在なの
来る日も来る日も いつも愛してる
息子はちょっとバカで 夫は退屈
娘は天才だけど変わってる
でも愛し合えるように頑張っているの
父、母、兄妹
頬を寄せ合って

(ダイアナ)ナタリー、朝の4時よ 大丈夫?
(ナタリー)絶好調だよ。絶好調じゃないわけないでしょ。絶好調!
(ダイアナ)ちょっとゆっくりしなさいよ。休憩するの。あたし、あんたのお父さんとxxxするからね。
(ナタリー)いいね、ありがとう。良かったね

ナタリー:
こんな時どうしたらいいんだろう
他の家族もこんなふうに暮らしているのかな
お互いに愛し合っているのか それとも嘘をついているだけか
他の家の娘も私のように感じているのか
だって ときどき消えてしまいそうな気がする
でもやり過ごそうとしているだけ

ゲイブ:
また同じ1日 無駄に過ぎていく時間
世界が僕の力に従う時

ナタリーとゲイブ:
また同じ1日

ゲイブ:
永遠に生きられそうだ

ナタリー:
ずっとこんな感じでいなきゃいけないの

ナタリーとゲイブ:
また同じ1日

ダン:
家族がこのままでいられるかは僕次第
忍耐と優しさで築き上げた家族
でも灰色の雨と戦っている
ラテと祈りがなきゃ生きていけない

ダイアナ:
祈りを

ダンとダイアナ:
こぼさないようにカップを持っていられる?
絶望へと滑り落ちないように握っていられる?
また同じ1日に

ダンとゲイブ:
あくせく過ぎていく

ダン:
心配事をきれいさっぱり拭いたいだろ

全員:
また同じ1日に

ダイアナ:
抱えきれない仕事をこなしていく

ダイアナとナタリー:
勝ち誇ったような笑顔でずっと

全員:
死なない程度の苦労なら死なずに済む
だからまた同じ1日を過ごすのだ

ダイアナ:
息をすれば苦しいけれど

ダン:
努力しようと思っても苦しいけれど

ゲイブ:
考えれば苦しいけれど

ナタリー:
泣いている時は苦しいけれど

ダン:
働いていても苦しいけれど

ゲイブ:
遊んでいても苦しいけれど

ナタリー:
動くだけで苦しいけれど

全員:
言うだけで苦しいけれど
また同じ1日を

ダイアナ(みんなの歌にかぶせるように):
眩しい 眩しい1日

ゲイブ:
朝日が昇るとき

ダイアナ:
ぜんぶ抱えて

全員:
遠くに逃げられればいいのに

ダイアナ:
隠れてしまいたい

全員:
またただの同じ1日

ダイアナ:
もう1日生き延びる

ゲイブ:
鳥が鳴き 実が落ちる

ダイアナ:
今日1日を耐え忍べますように

全員:
いなくなってしまいたいけれど
ここにいる ここにいる

ダイアナ:
家族のため

全員:
今やるか 永遠にやらないか

ダイアナ:
手に入れられるものは手に入れる

全員:
でも手遅れだともう知っている

ダン:
ここにいよう

ダイアナ:
ただ目覚めているだけ
また同じ1日 また同じ また同じ
すべて一緒くたにして
私たちは素晴らしい愛する家族
否定する奴なんてどうでもいい
素晴らしい愛する家族
抱えきれない仕事をこなしているうちに
世界は回り続ける

Everything Else

ナタリー:

モーツァルトはイカレてた
ポンコツの役立たず
クズ野郎だってさ

でも彼の音楽はイカレてない
バランスがとれて 軽快で
まるで研ぎ澄まされたクリスタル

ハーモニーと論理
聞こえるでしょ
疑いや借金や病気なんて
聞こえない

楽譜を読み解いて
指を鍵盤において
奏でる
すべてが遠ざかる
ほかのことを忘れられる

完璧になるまで
指が痛くなるまで
弦や爪が傷むまで弾くの

そしたらリサイタルは大成功
イェール大学に行ってやる
もう気分が悪くなったりしない
顔が青くなったりしない

だって学費は免除
飛び級で入学なんだから
高校も 嫌な生活も
全部終わり

そしたら早く卒業する
5月にはいなくなる
被害妄想ばっかりの親は何も言えやしない

ソナタさえ弾き終えちゃえばいい
弾け 弾け
すべて遠ざかる
すべて忘れられる
すべて遠ざかる

Who Is Crazy/My Psychopharmacologist and I

ダン:
夫と妻 どっちが狂ってる?
見た目よりも状況は異常じゃないと信じながら
なんとか生きているのが狂ってるのか?

生きづらい人が狂ってると言うのか?
あるいは もしかして 望みを捨てきれない人か?
医者に診てもらう側なのか 車で待つ側か?

恐れ知らずの25歳だった
全身で妻を愛した
でも今は ただの運転手さ

マッデン医師:
丸くて青いのは食事と一緒に、でも長方形の白いのは空腹時に。
白いのは丸い黄色のと併用しても大丈夫ですが、台形の緑色のはダメです。
緑のは小さなノミで3つに分けるか、すり鉢とすりこぎで粉砕しますか?

ダイアナ:
精神薬理学者と私
おかしなロマンスみたい
熱心で親密で 一緒にダンスする

精神薬理学者と私
まるで恋のゲーム
彼は私の一番深い秘密を知っている
私が知っているのは 彼の名前だけ

彼は私を抱き締めないけれど
電話はいつも出てくれる
まるで抱き締められているみたい
持ち上げて バレリーナのように下ろしてくれないだけ

マッデン医師:
グッドマン・ダイアナ 妄想を伴う双極性障害
投薬歴16年
1週間ごとに調整

ダイアナ:
不安は弱まったけれど頭痛がして、目がかすんで、つま先の感覚がないの

マッデン医師:
また頑張りましょう。最後には上手くいきますよ

ダイアナ:
正確な予測はできないんでしょう?

キャストたち:
ゾロフト パキシル ブスパール ザナックス デパコート クロノピン アンビエン プロザック
エイティバンは請求書を見るときに落ち着かせてくれる
好きな薬のほんの一部

ダイアナ:
ああ、ありがとう先生。ヴァリウムは好きな色なの。どうやって分かったの?

マッデン医師:
グッドマン・ダイアナ、3週間後に2度目の調整。
妄想の頻度は少なくなったが抑うつが悪化。

ダイアナ:
吐き気と便秘があるの。食欲が全然ないのに2.7キロも体重が増えた。
その…分かるでしょ?不公平だわ。

キャストたち:
以下のような副作用が1つまたは複数出るでしょう
眩暈 眠気 性機能不全
頭痛に振戦 悪夢に痙攣
下痢 便秘 引き攣った笑い 動悸
不安 怒り 疲労 不眠 イラつき 吐き気 嘔吐

ダイアナ:
不規則で不安になるような欲

キャストたち:
ああ!最後にもう一つ
誤用すれば死に至る

マッデン医師:
グッドマン・ダイアナ、5週間後に3度目の調整。
報告を継続する。弱い不安症と長引く抑うつ

ダイアナ:
指先とつま先の感覚がない。理由もないのにやたら汗をかく。
幸い、本当にまったく性欲がない。
でもそれが薬のせいか結婚生活のせいかは誰にも分からない。

マッデン医師:
薬のせいでしょう。

ダイアナ:
ああ、ありがとう。優しいのね。でも夫は車で待っているの。

ダン:
狂っているのは誰だ 半分死んだような人か
あるいは もしかして 踏ん張っている人か
思い出す 彼女が20歳だった頃 輝いていて大胆だった
僕はとても若くてバカだった
今は年を取った

彼女は邪悪で情熱的だった
夜の時間は最高に楽しかった
今はそんなことしない 抑うつ状態だ
僕は ただ疲れて 疲れて 疲れて 疲れて
狂っているのは誰だ
不治の病の人か
あるいは もしかして 耐えている人か
治療している人なのか 痛みに耐えるだけの人か

ダイアナ:
彼は私を抱き締めないけれど
電話にはいつも出てくれる
まるで抱き締められているみたい
持ち上げて バレリーナのように下ろしてくれないだけ
精神薬理学者と私
横たわれば彼ばかり見える
あなたがいなければ死んでしまう
精神薬理学者と私

ダン:
恋は盲目だってさ
でもこれは確か 愛は狂気

マッデン医師:
グッドマン・ダイアナ、7週間。

ダイアナ:
自分を感じない。何も感じないの。

マッデン医師:
ふむ。患者の容態は安定した。

歌詞の解説と分析

聖書の創世記に出てくる言葉が印象的なPrelude

ダイアナとダンが「光あれ」と祈る最初の1曲。決してガツンと強いインパクトで観客を一気に引き込むタイプの曲ではない。2曲目にかけてジワリジワリと「この家族、ヤバい状態だ」と思わせていく効果がある。

だからこそ、「光あれ」という歌詞がすぐ効いてくる。旧約聖書の創世記で神様が世界を創った時、最初に光があったという話を大半の観客は思いつくからだ。

長い夜、延々と悪夢を見ているような毎日のすべてを変えたい、最初からやり直したいとどんなに切実に思っているかが理解できる。

家族1人1人の性格と精神状態が分かるJust Another Day

主人公のダイアナは4人家族の母親で、双極性障害を患っている。この曲の最中はどうやら、元気な状態というかハイな状態の時だ。幸せな生活、完璧ではないけれど愛すべき家族、それを守る自分。誇らしく歌っている。

ティーンの娘の前で母親が「あんたのお父さんとこれからxxxするからね」とか…常識的に考えれば言わない。娘からすれば気持ち悪いはずだ。ティーンがいかに繊細か、周りに影響されやすいかは自分も経験してきているから分かる。でもそこに考えが至らない。

なぜか。すべては症状のせいだ。双極性というくらいなので、超ハイテンションかどうしようもなく抑うつ状態かの2つが交互にやってくる。ちょうどいい状態、理性や思考よりも感情が先に来て、押さえることができない。

そんな状態のダイアナに、娘のナタリーはうんざり。笑顔を見せておいて裏では溜息をついている。消えてしまいたいと願うくらい、精神的に参っているようだ。この子もそのうち病んでしまうのではないかという不安が観客の頭をよぎる。

息子のゲイブは天下無双。この曲だけでは、彼がもう亡くなっていてダイアナの頭の中で作られているだけの存在だと、観客は気づかない。

そして夫のダン。忍耐強く築き上げてきた家族が、実は砂の城のように脆いという事実は百も承知。この人も精神的に参っている。祈りとラテが必要ということは、もしかして少し宗教に偏っていて、かつカフェイン中毒?とも想像できる。

どんなに祈っても治療をしても、双極性障害は不治の病。すべてが元通りになることなどない。一家の母は、ずっとこの状態が続いていく。夫と子供たちは同じ毎日を繰り返しながら、逃げ場や終わらせ方ばかり考えている。

ナタリーとピアノとモーツァルト

ナタリーはピアノが上手いらしい。モーツァルトを語りながら、ピアノを武器に一刻も早く家から出ることを必死に考えている。

クンツェ&リーヴァイのミュージカル『モーツァルト!』を観劇したことのある方や伝記を呼んだことのある方ならお分かりだろうが、モーツァルトは本当に私生活がボロボロだった。

西野亮廣さんの名言「お金が尽きれば夢が尽きる」を体現するような人生だった。権力者やパトロンの懐に上手く飛び込むことができず、悪友と借金と貧困と病気で、たった35年の生涯を閉じた。

でも音楽だけ聴くと、そんな背景はまったく分からない。

ナタリーはそんなモーツァルトに自分を重ねていた。家庭はボロボロ。家族の影響を受けて自分も時々、体調の変化に気付くことがあるらしい。

でもピアノさえあれば家を出て、遠くの大学に行ける。出て行ってしまえばすべて終わり。自分を変えられる。「卒業なんて待たずに飛び級で入ってやる」なんてすごい気合。それほど一刻も早くここから出してくれ、ということだ。

私は個人的にすごく分かる。時間がない。このままじゃ自分もつぶれる。物理的にここから出て行けばすべて解決するが、それができないと何も始まらない。焦る気持ちばかりが募り、ストレスが膨れ上がる。

マッド・ドクターと患者と夫

4曲目にして背筋が寒くなるシーンがやってくる。精神薬理学者のマッデン医師がダイアナを診察する。妻を車で送り、診察の間は車で待つ夫。しかも、マッデン医師による投薬治療の3週間目から7週間目までをこの1曲で描いている様子だ。

この曲に羅列されている薬はすべて抗うつ薬などの精神疾患に効く薬。

「好きな薬のほんの一部」と訳した箇所は、英語の原詞は “These are a few of my favorite pills”。『サウンド・オブ・ミュージック』をご存じの方ならドキッとするだろう。そう、pillsをthingsに代えれば名曲 “My Favorite Things” まんまだ。

しかも薬の名前を列挙するところからすでに、似たメロディになってくる。「♪それが私の好きなもの」と訳す気には到底なれなかったが、訳詞がそうなっていたらどうしよう…というか、そうなっていそう。

で、おっそろしい量の薬。なんだこれ。併用できるかできないか、呑むタイミングはいつなのか、覚えられるわけがない。メモをいちいち見るだけでもストレスがたまる。

その次に列挙されているのは副作用。これもすごい。神経や脳に働きかけるため、副作用が重いのだ。つまり双極性障害そのものの症状を和らげはするが、いつも体のどこかが痛かったり機能しなかったりと、生活の質は落ちるばかり。

それでいて、感覚が麻痺したら「容態が安定」。つまり、自分の気分が落ち込んでいることも、体のどこかが痛いことも、なにも感じられない状態が医者としてはホッとする状態なのだ。

もし私が仮にダイアナの家族で、隣に付き添っていたら、医者に「冗談言うんじゃないよ!」と怒鳴ってしまいそうだ。これが双極性障害の投薬治療の現場でありふれた光景なのだろうか。考えただけでゾッとする。

 

最初の4曲、いかがでしたでしょうか?次回からも順を追って翻訳に挑戦し、なんとか12月の初日までに全曲仕上げることを目標にしていきます。乞うご期待!

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