ミュージカル『next to normal』の目玉となる曲を翻訳し、歌詞の分析に挑戦するシリーズ第3弾。
この記事では、女同士と男同士の親子関係に焦点を当てる。ダイアナとナタリーという母娘、ダンとゲイブという父子。作品中、ぶつかったりすれ違ったりしてばかりの親子が、作品の最後に向けてどう心を動かしていくのか。
作品をまだご覧になっていない皆様には予習にピッタリ。ぜひ最後までお楽しみください。※作品後半部分のネタバレ注意です。
ダイアナとナタリー、母と娘が和解する時
Maybe (Next to Normal)
ダイアナ:
最後には忘れてしまうかも知れない
もう正気には戻れないかもしれない
死神とダンスしているような私
でも どうなるかは誰も分からない
狂ってしまう可能性もある
悪魔と共生しなきゃいけないって言われるの
でも 人生に変化が必要なのに
悪魔が変わろうとしないなら
悪魔と闘わなきゃ
ゲームに飽きてしまうかもしれない
ルールもなく うんざりして
あなたもそう感じるかもしれない
あなたは私に似ているから
怒りと希望に燃えた少女
母親がまともじゃない少女
囚われているようで
誰にも理解してもらえなくても
いつか自由になれると思っていた
ナタリー:
話してくれて嬉しいよ
本当だよ 全部聞きたい
でも16年間育ててもらった時間は
なんだったんだろうね
いつも ママがどこかに行ってしまって
帰ってこなければいいと思ってた
でも半分は 本当にそうなったらどうしようと思ってた
ママが死ぬかもしれないと思ったとき
一緒にいなかった時間を思って泣いた
でももう泣かない
自分のためには
ダイアナ:
少しはマシになるわ
ナタリー:
私はそうならない
ダイアナ:
大丈夫よ
大丈夫じゃなくても
強い心でやってみるの
現実に向き合って生きる
過去のことはあきらめて
また会えるわ
あなたに普通の生活をさせてあげたかった。でも気づいた。普通って何なのか私には分からないの。
ナタリー:
普通の生活なんていらない
遠すぎるもの
でも普通の隣りくらいなら
いいんじゃない
そう 普通の隣りくらいなら
やってみたい
普通に近いところに
せめて行ってみたい
ダイアナ:
なんとかなるわ
ナタリー:
なんとかなるよね
Hey 3 / Perfect For You
ヘンリー:
ねえ
ナタリー:
あら
ヘンリー:
君 スターみたいだね
青い服で
ナタリー:
そうかな
ヘンリー:
それでさ
えっと 来てくれたね
ナタリー:
行くかもって言ったでしょ
ヘンリー:
もう終わっちゃったかと思った
僕と君は
ナタリー:
終わるとしても今夜じゃないよ
ヘンリー:
お母さんは大丈夫?
ナタリー:
いつかはね
ヘンリー:
今は平気なんだよね?
ナタリー:
心配だけど
ヘンリー:
今だけ忘れてくれない?
ナタリー:
ねえ ちょっと
ヘンリー:
ここにいて 気にしないで
ナタリー:
私は狂ってる?
いずれ狂ってしまうかもしれない
ヘンリー:
僕は君とここにいるよ
ナタリー:
今ここならいいけど
1年後はどうなる?
10年後は?一生だったら?
もしあなたと結婚して
座って壁ばかり見つめたり
階段の下に物を投げたり
買い物で怖がったり
裸で通りを走ったり
お風呂で血を流したりしたら
ヘンリー:
僕は君にピッタリ
ピッタリになるよ
君はイカれる可能性もある
僕のほうかもね 本当に
でも イカれてもやっていける
そのくらいがちょうどいい
僕は完璧さ
ナタリー:
完璧なの
2人:
君にピッタリ
母娘が和解し、娘は彼氏に思いをぶつける
作品のタイトルになっているnext to normalって、ナタリーの言葉だったんだ。
普通の隣り、普通に近いところでいいんじゃない?普通ってなんなのかさえ、分からないんだから。
そう、ナタリーは生まれた時から世間一般に言う「まともな母親」がどういうものか、ほぼ知らない。友達の母親を見てみないと分からないだろう。
でも、ヘンリーに告白したような異常な行動をする母と、母を必死に止める父をずっと見てきた。自分も普通の学校生活を送っていれば、何をしたら社会的なマナー違反なのかとか、感情を抑えられないと他者にどんな影響があるのかとか、いろいろ分かってくる。
そうして知識を入れることで母の異常さが分かってきた。今の自分もだいぶ不安定。自分にも双極性障害が遺伝しているのではないかと不安になり、恋人に「そんなあたしでも本当にいいの?」と泣きそうな顔でぶつけるナタリー。母と和解できてもなお、不安は消えない。
そして、母が見つめているのは私が生まれる前に亡くなった兄。だから、生まれた時からまるで透明人間みたいだった私。私はいらない。大事な娘なんかじゃない。自分の存在の軽さに、ずっと劣等感を持ってきた。
それでも母は母。いなくなってほしいのに、いなくなったらどうしよう。私のたった一人のママが。
そんな危機を脱し、母は自分を変えたいと願って一歩を踏み出す。そのため離婚をして家を出る決意をするが、その前に母がやっと私と向き合ってくれた。私を心配して、自分自身のことも初めて語ってくれた。
双極性障害が一生治らないと分かっていても、私が前を向けるように言葉をかけてくれた。
愛されたことなどないと思っていた娘が、初めて母の愛を感じた。ストンと落ちた、というところか。だから母の挑戦も、励ましも、娘は受け入れるのだ。
おまけ。ヘンリーの思いの強さは?
ヘンリーがどのくらい強い思いを抱いているか…ごめんなさい。観劇していない今は分からないと正直に言うべきだ。
ヘンリーは不安がるナタリーをなだめ、クレイジーくらいがちょうどいい。僕もクレイジー。君にピッタリなんて言うが、字面だけ見るとちょっとカッコつけてるかな。高校生らしい軽々しさだ。
私はそれでは甘いと思う。生活の質に支障をきたすような「症状」が出ている場合、「苦手分野」や「性格の問題」ではすまされない。現実は厳しい。その厳しさは、おそらくナタリーがいちばんよく知っている。
ヘンリーからナタリーへの思いがどれだけ重く伝わるか。観劇後に感想が変わるか検証してみたい。
ダンとゲイブ、父と息子の心が通う時
I Am The One(第1幕)
ダン:
何を恐れているんだ
なぜ僕なんだ?
君に触れられないのか?
いままで上手くやってきただろ?
間違うことなんてない
僕はここにいるんだから
放ってなんかおかないよ
君には分かると思ってた
君を知っているのは僕
君を心配するのは僕
ずっとそばにいたのは僕
君を支えてきたのは僕
もし君が 僕は君に興味がないと思うなら
君は僕を分かっていない
僕を置いていくのか?
ゲイブ:
父さん 僕だよ
ダン:
僕を捨てるのか
ゲイブ:
どうして見えないんだ
ダン:
僕がおぼれても
2人:
なぜなんだ
ダン:
血を流しているのか?
ゲイブ
待っているの?望んでいるの?ママが与えられないものを欲しがるの?
ダン:
傷ついて 落ち込んでいるのか?
ゲイブ:
傷つけているの?癒しているの?生きるに値する生活を望んでいるの?
ダン:
分かればなんとかなるのか?
2人:
僕だってそうだ
ダン:
何をすればいいか教えてくれ
ゲイブ:
僕を見てよ
ダン:
どうずればいいんだ
ゲイブ:
僕を見てよ
ダン:
分かるように
2人:
そうすれば君も分かる
ゲイブ:
僕は…僕は…
ダン:
君を支えるのは僕
ここにいるのは僕
僕は君をおいていかない
ゲイブ:
僕は行かない 僕は…
ダン:
そうさ
君を癒すのは僕
僕は君に興味がないなんて言うけれど
ゲイブ:
興味なんてないんだろ
ダン:
知っているだろ?
2人:
僕が誰なのか そうさ
ダン:
それが僕だ
君を支えている
ゲイブ
僕は消えない
2人:
知っているだろ?
君を知っているのは僕
君を心配するのは僕
ずっとそばにいるのは僕
そうさ
君を必要とするのは僕
もし君が 僕は君に興味がないと思うなら
ダン:
君は僕を分かっていない
ダイアナ:
あなたは私と同じように傷ついていると言う
分かっていると言うけれど
分かっていないわ
分かっていないでしょ
あなたも傷ついているというけれど
そんなはずない
分かっていないわ
ひとりにして
落ち込んでしまうから
言ったでしょ あなたは分かっていない
ダン:
僕が誰か
ダイアナ:
分かっていないわ
ゲイブ:
僕が誰か分かっていないんだね
I Am The One (reprise; 第2幕)
ダン:
君を愛したのは僕
ここにいたのは僕
たった一人の僕をおいて 君は去った
待っていたのは僕
君は今 僕に興味がないんだね
僕が誰なのか知ることは一度もなかったんだね
僕は…僕は…
ゲイブ:
パパを知っているのは僕
パパが恐れているのは僕
ずっとここにいたのは僕
ダン:
僕はずっとここにいた
ゲイブ:
パパを癒すのは僕
ダン:
僕は…
ゲイブ:
ママに僕を思い出すなって言ってたね
でもパパは僕を分かってる
ダン:
違う
ゲイブ:
パパは僕を分かってる
ダン:
ひとりにしてくれ
ゲイブ:
パパは僕を分かってる
ダン:
どうしてママと行かなかったんだ
ゲイブ:
ここにいたいから
ダン:
離してくれ
ゲイブ:
離さないよ
ダン:
離せ!
ゲイブ:
分かってほしいんだ
ダン:
お前は分かってない
2人:
君(パパ)を支えていたのは僕
泣いていたのは僕
お前が死んだとき(パパが沈んだとき)見ていたのは僕
そうさ
君(パパ)を愛したのは僕
興味がないように見せかけていた
ゲイブ:
でも いつも僕のことを分かってくれていたね
ダン:
ゲイブ?ゲイブリル…?
ゲイブ:
はい、父さん
息子から逃げて来た父と、消えなかった息子
ダイアナはゲイブが亡くなったことをきっかけに双極性障害になった。そして息子が普通に成長していく幻視を見続けてきた。自分の頭で作り上げた息子の幻影と話をし、導かれるように自殺未遂までした。
ダンは息子の死を受け入れたように見えて、実はしっかり向き合ってこられなかった。
神経障害を発症してしまった妻の介護と娘の面倒を見ることで気を紛らわしてきた。
ダイアナがずっと見てきた息子の幻影を、自分は絶対に見ないぞと心がけてきた。
ダイアナの命にまで影響する息子の幻影を、治療で忘れられるものなら忘れさせ、遠ざけようとしてきた。
ダイアナはゲイブと共に生きてきたが、ダンはゲイブを恐れ、遠ざけてきた。
電気ショック療法で一時的にゲイブの記憶を失ったダイアナに、ゲイブを思い出させまいとしたダン。それがバレて離婚になってしまった。そりゃ愕然とするだろう。誰が一番近くで守ってきたというのだ。16年間の努力はなんだったのだ。
ダイアナにしてみれば、自分の症状を永遠に理解できない夫がどんなにケアしようとしても、正解と言えなかったのかも知れない。でも、夫は妻を見捨てていたのではないし、いつも心配し、愛していた。
ここで妻から捨てられるなんて…失った時間が長すぎる。そう絶望しても仕方ない。
そんな父親に寄り添うのが、ずっと遠ざけてきた息子の幻影だった。ダイアナは見ていると分かっていたゲイブが、初めてダンの前に現れた。恐れていた息子が今、背中から自分を強く抱きしめている。
作品中、ここで初めて、ダンは息子の名前を呼ぶ。消そうとしても決して消えなかった息子と、ダンは初めて向き合えた。ちゃんとお別れができた。
このシーンはきっと涙なしには見られない。
最後に
私はブロードウェイ初演に先駆けるプレミア公演の映像を見たが、よくもまあこれをミュージカルにしたなと正直に思った。
本当に5人だけでソロもコーラスもふくめた舞台のすべてを回し、セット転換も照明だけ。シンプルの極みともいえる舞台で、ホームドラマを歌い上げた。
すべては物語と曲と俳優さんの実力でもたせる作品。詳細な心理描写をする歌詞、緩急自在のロック、双極性障害の症状、現代の医療を使った治療法、家族の様子が生々しく描かれる物語。
日本での演出は、人の生き方と命の終わり方を描くことに並々ならぬ情熱を注ぐ上田一豪さん。次の記事では実際に観劇して感想を述べたいと思う。乞うご期待!
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