『SIX THE MUSICAL』シリーズ第4弾。この記事ではヘンリー8世の3番目の妻、ジェーン・シーモアを特集します。
前回と同じく、持ち歌「Heart of Stone」を翻訳しつつ、1人の女性としての人物像に迫ります。「石の心」で達成した人生の決断とは?寡黙で従順という他人からの評価の裏には、しっかりと地に足の着いた堅実さが見え隠れしている?
ご観劇前の予習に是非どうぞ。
ジェーン・シーモアのソロ曲「石の心」【翻訳】
ジェーン・シーモア:
優しいのね
でも変わるんでしょ
絶え間なく流れ 支配できない
あなたが私の前に現れ
嵐も連れて来た
私を幸せにも 不幸せにもする
でも私はあなたの手を取った
炎が吹きすさんでも
耐えると約束した
だって 私の中で
決意が固まったの
ここに留まると決めた
あなたは私を強くもするけれど
引き裂くこともできる
やってみなよ 私は壊れない
どれだけやられても
私は耐え抜く
見てなさい 私は揺るがない
火が消えても
風が止んでも
水が枯れても
あなたに私の
石のような心を見せてあげる
あなたは言った 私たちは完璧だった
完璧な家族
あなたは私達を抱いて世界に見せつけた
あなたは私が愛したたった一人の人
本当なのよ
でも知っているわ 息子がいなければ
あなたの愛は消えるって
不公平ね
でも気にしない
私の愛はまだここにあるから
あなたは私を強くもするけれど
引き裂くこともできる
やってみなよ 私は壊れない
どれだけやられても
私は耐え抜く
見てなさい 私は揺るがない
火が消えても
風が止んでも
水が枯れても
あなたに私の
石のような心を見せてあげる
もう行かなくちゃ
息子が育つのは見られない
でもきっと分かってくれる
息子は一人じゃない
川が枯れて
その痕だけが残っても
私はそばにいる
私の愛は石のように変わらない
ヘンリー8世の息子を生んだ唯一の妻が、唯一のバラードを歌う
歌詞をお読みになれば分かるはずだ。かなり悲劇的でグッと来ると。曲も泣けるバラード。これぞミュージカルの王道といえるドラマティックさ。
ジェーン・シーモアの名前を聞いて一番最初に思い浮かぶ出来事といえば、ヘンリー8世の6人もの妻でたった一人、男の子を生んだ女性。残念ながら、出産後1か月もたたず産褥のため亡くなってしまう。
ジェーンの息子は両親の希望の通り、英国王を継いだ。エドワード6世である。ヘンリー8世亡き後、9歳にしてイングランド国王となったが不幸にも15歳で病死し、その後はメアリー1世、エリザベス1世へとつながっていく。
6人の妻の中でジェーンだけが、ウィンザー城のヘンリーと同じ墓に眠っている。世継ぎの息子を生んでくれたジェーンに感謝したヘンリー8世の意向によるもの。
ジェーンはヘンリーと正式に結婚したので王妃として数えられているが、王妃であったのは1536年5月末(アン・ブーリン斬首の2週間後!)から出産の1537年10月までの、わずか1年半。しかもロンドンで疫病が流行っており、人が集まるとマズイので戴冠式も行っていなかった。
「なんて可哀想なんだ」。誰もがそう思うだろう。男子の後継者を生むという王妃に求められる最大の義務を見事に果たし、産褥のために命を落とすという悲劇を知れば、ジェーンは誰の目から見ても可哀想だ。
そして一番大事なのは、同じ悲劇でも離婚や斬首に比べれば余程まともで幸せだったはずということ。息子というたった一つの鎹のために、ジェーンはヘンリーの愛を失わないままこの世を去った。
そんな大勢の人の感想を反映して、ジェーンの持ち歌は泣けるバラードになっている。
王家の血を引き、従順で物静かな女性
さて、そんなジェーンはどのようにしてヘンリーの愛を勝ち取るに至ったのか。
まず、ジェーンはプランタジネット朝という王家の血を引いている。あの百年戦争の発端となったエドワード3世を先祖に持ち、父親も兄2人もヘンリー8世に仕える由緒正しい家柄。
特に兄2人はだいぶ野心家で、ジェーンとヘンリーをくっつけたのは兄たちの画策だったとされている。というのも、ヘンリーがジェーンに目移りするのはアンの斬首刑3か月前。アンに息子が望めないとほぼ確定した時期である。
ジェーンはなんと、最初はキャサリン・オブ・アラゴンの侍女として仕え、キャサリン離婚後はアン・ブーリンの侍女になった。アンの立場が危うくなったのを見て王妃の座を奪えと言わんばかりに、兄たちはジェーンとヘンリーを出会わせたようだ。
1番目、2番目の妻がヘンリーによってどのような結末を迎えたかを知っていて、それでも3番目になったなんて。彼女の気持ちを想像するのは容易ではない。
ジェーンはちょっと気の強いアンとは逆の、従順で静かな女性だった。また、読み書きくらいはできたがキャサリンやアンほどの高い教育は受けておらず、それより家事と裁縫が得意だったとのこと。
男性としては自分の思い通りになる女性として魅力的に映ったことだろう。イラつくこともないし、ペットのようだったかもしれない。
従順で物静か。兄の言いなり。家族の出世欲を満たすコマとして使われたい放題なのに抵抗しなかった、自分のない女性。彼女の背景だけを追えばこんなネガティブな印象さえ持ってしまう。
しかし歌詞に書かれた言葉はというと、石のように硬い意志があったという。家族の思惑も、ヘンリーの妻になったら天国か地獄かの2択しかないことも、すべて百も承知。そのうえで波に乗ると決めたと、ジェーン本人は主張している。
息子ができなければヘンリーの愛は消える…それが、ジェーンが目撃した前妻アン・ブーリンの悲劇だった。ジェーンはもし男の子が生めなかったらどうしようと不安に駆られながらも、そうだったとしても後悔しないと決めていた。歌詞からはそう読み取れる。
「あなたは私が愛したたった一人の人 本当なのよ」は、最後のところが英語歌詞でtruthfullyとなっており、俳優さんはその音をものすごい高音で強調している。ジェーンはヘンリーを心から愛そうと努力していたようだ。ここまで来たからには絶対に幸せになってやると固く決意して。
堅実な王妃
王妃となったジェーンは、アン・ブーリンが好んだ贅沢とフランス宮廷風の華やかな雰囲気をやめた。政治思想は保守的で、カトリックだった。
ヘンリーが待ち望んだ息子を生んだだけでなく、ジェーンはキャサリン・オブ・アラゴンの娘メアリーが庶子に格下げされていたのを憐み、王位継承権を復活させようと試みた。それ自体は当時叶わなかったが、父親と最初の王妃の娘を再び引き合わせるところまでは行った。
なるほど、確かにアン・ブーリンを調べた時に抱いたギャルの印象の逆を行く。男子を生んだというヘンリーにとって最大の功績だけでなく、王妃の仕事まで見てみれば、ジェーンが必ずしも人の言いなりではなかったことが分かる。
贅沢をやめたのは王家の財政や国民の評価を気にしていたからに他ならない。人気だったのに王妃の座から引きずりおろされたキャサリン・オブ・アラゴンの娘を救おうとしたのは、優しさだけでなく何か考えがあったのではないだろうか。
従順なようでいて、可能な限り自分の人生を切り拓こうとしていた。物静かな中に、人には決して明かさない決意を秘めていた。あるいは、「ヘンリーみたいなクレイジーな奴、何を言ったって通じない」と思って相手にしていなかった(笑)?それはあるかも。
ジェーン・シーモア一世一代のバラード、いかがでしたか?
悲劇は悲劇でも一番まともな終わり方をした3人目の妻。男の子を生んだという1点において夫の愛をつなぎとめた女性。王妃としても地に足のついていた女性。寡黙だけれどしっかり考えをもっていた女性。
エピソードとしてはやはり息子を生んだことが最も印象強いでしょう。しかし、実はそこに至る過程を掘り下げたら現代の私達に一番理解できる道をたどったのは彼女かも知れません。
次回は4人目の妻、アン・オブ・クリーヴズを掘り下げます。乞うご期待!
コメント