「ウィキッド」西の悪い魔女エルファバを考察&あらすじ解説

2024年11月全米公開の映画版ミュージカル『ウィキッド(Wicked)』。日本では劇団四季が2007年から上演し、2024年8月からは大阪四季劇場で上演されています。もう、ここで魅力を語らずにどうするの!

本記事では登場人物の中からヒロインの1人、「西の悪い魔女」エルファバを深掘り考察します。

  • 観劇や映画鑑賞をしたいけれど作品を全くご存じない方
  • まだ『ウィキッド』を観ていないけれど大阪公演や映画の予習をしたい!という方
  • 筆者と同じく作品ファンの方

どなたでも楽しめる記事にいたしました。最後まで是非お楽しみください。※ネタバレ注意です。

エルファバの視点から見た物語

エルファバの出生~魔法の才能を見出されるまで

エルファバ…変な名前。誰それ?

っていうか、タイトルの「ウィキッド」ってどういう意味?

と思ったそこのあなた!そうですよね。「ほえっ?」ですよね。観劇前にこれだけは絶対に知っておきましょう。

エルファバは、かの有名な『オズの魔法使い』に出てくる緑色の肌の魔女。「ウィキッド」とは英語で「邪悪な」という意味。

そう、この作品は、名作で悪役になった魔女がなぜ「悪」とされたのか、どんな人生を歩んだのかを描いた衝撃作

エルファバはマンチキン(小人族)の総督を務めていた父と母の間に誕生。しかし、実は母が父以外の男と罪を犯した結果、生まれたのが彼女。

オズの陛下の血を引き、かつ母がオズの陛下からもらった緑色の酒を飲んだことで、エルファバは生まれつき緑色の肌と魔法の力を持っていた

しかし魔法の力のことは全く知らず、感情が高ぶる時によくわからない超能力を発揮してしまう悩ましい自分だと思っていた。

劣等感に苛まれ、いつも周りから怖がられ気持ち悪がられる少女時代。そして母が妹のネッサローズ(愛称ネッサ)を身籠っていた時、父はまた緑の肌の子が生まれるのではと恐れた。

父は母に「おしろい草」ばかり食べさせた結果、妹は足に障害を持って生まれ、母はそのまま亡くなってしまう。この事件でエルファバは父からも憎まれるようになる。

しかし足が不自由な妹の面倒を見るため、姉妹そろってシズ大学に入学した際、校長のマダム・モリブルに魔法の力を「素晴らしい才能」と言われる。

初めて能力を見出されたエルファバ。そしてオズの国を統治する偉大な魔法使い「オズの陛下」に会えるよう、マダムのゼミで訓練を受けることに。

ついに謁見の許しをもらい、オズの陛下に会いにエメラルド・シティへ旅立つ。親友となったグリンダ ―『オズの魔法使い』で「南の善い魔女」となった親友とともに。

もしエルファバがインタビューを受けてグリンダとの思い出を語ったらこんな感じ?

まさかグリンダとあたしが友達になるなんて誰も思ってなかったよねぇ。

あの子、最初こそ容姿だけが売りのただのバカと思ってた。お金持ちで、自分のことを世界で一番美人で優秀だと信じてる。おめでたい奴。甘やかされて育ったよね。

でも何を思ったか、ある日みんなでダンスホールへパーティーに行こうと、黒いトンガリ帽子をくれたの。生まれて初めて、人にもらったプレゼントだった。

嬉しくてたまらなくて…マダム・モリブルの魔法の授業を受けたかったのに拒否された彼女を見ていたから、マダムに掛け合った。グリンダを入れてもらえなければ私もゼミを辞めるって。

あの帽子がどんなにダサかったか…その認識がなかったんだよね。お洒落したこともなければ興味もなかった。小さい頃はあったかもしれないけど記憶にない。早々にあきらめてたかも。

彼女にもらった黒いトンガリ帽子を身に着けて、勇気を振り絞って行ったパーティー。なのに、笑われちゃった。みんなバカにしてた。

あぁあたし、何をやっても、何を身に着けてもおかしいんだ…ヤケクソな気分で、テキトーに踊ってみたんだ。

そしたらね、グリンダったら恥ずかしいだろうに、あたしの相手になってくれた。一緒に踊り出したの。あらあらってくらい情けない動きで。

あの夜以来、グリンダはあたしのたった一人の友達になった。緑色の肌も、抱えてきた過去も受け入れてくれた。両親と妹の事情も、あたしのせいじゃないって。

それでなぜか、イメチェンしてくれるって色々試して、髪に飾る花をくれたんだよね。あれって、似合ってるうちに入ってたのかな?素敵に見えたけど喜んでいいのか微妙で、でも突っ撥ねちゃいけなくって、もう逃げるしかなくって。それくらい恥ずかしいかったんだ。

彼女は可愛いだけのバカじゃなかった。社交的で前向きで華やかで、いつも笑顔。人を惹きつける魅力があるってことだね。

あたしにないものを、あたしが持ちたくても持てないものを、全部持ってる。羨ましくないと言えば嘘になるかな。友達になる前は、そのせいで喧嘩ばかりしてたから。

権力の嘘に立ち向かい、お尋ね者に

しかしエメラルド・シティでエルファバが見たのは、オズの闇だった。陛下が実は魔法の力なんてないインチキということ、さらに、オズの国では動物も人間と同じように言葉を話すことが常識とされていたが、陛下は動物を迫害し、言葉を奪おうという陰謀があったことが判明。

エルファバは反旗を翻す。秘密を知られた陛下とマダム・モリブルは、印象操作で「悪い魔女ウィキッド」としてエルファバを国内に知らしめる。追われる身となるエルファバ。

以来、人々の運命が一変する。エルファバに付き添って陛下と謁見したグリンダは、「善い魔女」としてオズの人々を束ねるリーダーとなる。

たとえ大きな権力を敵に回そうとも正しいと信じた道を歩むエルファバと、長いものには巻かれるが大勢が安心して信頼できるグリンダ。能力が高くても人気がなければダメだという哲学を持つグリンダらしい決断。美しさとポジティブな言葉がけでオズの国民を引っ張っている。

エルファバは父を頼ろうと実家に帰るが、父は恥辱のあまり亡くなり、妹ネッサがマンチキン総督を継いでいた。

ネッサはシズ大学で恋をしたマンチキン族のボックを召使いにしているが、ボックはグリンダに恋心を抱いており、ネッサに縛り付けられていると思っている。姉は魔法の力を悪いことに使い、自分の不自由な足を治してはくれないと嘆くネッサ。

そこでエルファバがネッサの靴に魔法をかけると、なんとネッサは歩けるように。

しかし、歩いているネッサを見たボックは、もう支える必要がないから出ていくと言い出す。代わりにグリンダへの思いを伝えると。

カッとなったネッサはエルファバが持っていた呪文の本をめちゃくちゃに読み、ボックの心臓は魔法にかかる。苦しむボックを救おうと、エルファバはボックをブリキ男に変えるが、絶望するボックを見たネッサは思わずエルファバに罪を擦り付けてしまう。

たった一人の愛する人とともに

シズ大学の同級生で、グリンダとエルファバが同時に恋心を抱いていた青年フィエロは、陛下の警備隊に。フィエロはエルファバを愛していたために、魔女狩り隊の隊長を務めエルファバを探そうとしていたのだ。

父にもネッサにも頼れないと知ったエルファバはオズの陛下のもとへ赴き、和解を試みようとする。しかし陛下がシズ大学の恩師のヤギ(ディラモンド先生)を拘束し、言葉を奪ったと知り、やはり和解するわけにはいかないと決意を新たにする。

エルファバを今度こそ捕らえようと呼ばれた護衛兵の中には、なんとフィエロが。フィエロは陛下に銃剣を突きつけ、迷わずエルファバと共に逃げる。人目につかない藪の中、愛を確認し合う二人。

すると、竜巻で家が飛ばされていくのが見える。『オズの魔法使い』で有名な、ドロシーをオズの国に連れて来る竜巻。

飛ばされた家の下敷きになり、ネッサは亡くなってしまう。実はこの竜巻、ネッサを危機に陥れてエルファバをおびき寄せるため、オズの陛下とマダム・モリブルが画策したことだった。

駆け付けたエルファバとグリンダ、そしてフィエロ。フィエロはエルファバに味方したことで逮捕され、エルファバは降伏。しかし出頭することなく、ドロシーに水をぶっかけられ溶けていく。

恋人も親友も同時に失ったグリンダ。オズの陛下がエルファバの実の父だったことも、持っていた緑の酒から知る。グリンダは陛下を追放し、マダム・モリブルを逮捕。エルファバの消滅を喜ぶ群衆に向かい、悲しみを押し込め、オズのために力を尽くすと誓う。

それを遠くから見守るのは、本当は生きていたエルファバとフィエロ。フィエロは刑を執行される直前にエルファバの魔法で案山子に変えられ、エルファバは水に溶けたふりをして身を隠していた。

「グリンダに、せめて私たちが無事だと伝えられれば」「誰も僕たちのことを知ってはいけないよ」と、二人きりでオズの国を旅立つ。

エルファバと、彼女を取り巻く人々

エルファバという人物の印象

「えーーっ!」と引いてしまうくらい鮮やかな緑色の肌を持ち、尖った黒い帽子を被る魔女。映画『オズの魔法使い』を見た人にとっては醜く邪悪な印象が残るかも知れない。

しかしミュージカル『ウィキッド』を観た人は、エルファバが大好きになると保証する。

エルファバの人格を表すこれ以上ない的確な言葉は「Defy Gravity」。第1幕最後のシーンでエルファバが空を飛びながら高らかに歌う。

重力に抗う。反骨精神旺盛で、決して長いものに巻かれない。重力のように決して抗えない力があっても、それが間違っていると信じるならば絶対に従わない。

その負けん気の強さと少し気性が激しいところは、肌の色と父親に植え付けられた劣等感のせいか。“Everyone deserves the chance to fly”「だれであろうと飛び立つチャンスがある」。緑色の肌の私でさえ。

こんなメッセージをフォルテッシモで歌い上げられたら、心の中に火がつくこと間違いなし。

さらに、エルファバが「西の悪い魔女」と呼ばれる理由もDefy Gravityの英語歌詞に隠れている。劇団四季の日本語版では訳出されていないが、”So if you want to find me / Look to the western sky!”「私を見つけたいなら西の空を見ろ」と歌うのだ。

『オズの魔法使い』と見事につながってくる。

オズの陛下に見る、すべての人が持つ悪の側面

エルファバはマンチキン総督の父の血を引いた娘ではないと書いたが、母の浮気相手はなんと「オズの陛下」。エルファバの本当の父親のことはラストシーンで判明するが、エルファバは知らずに物語が終わる。

敵対する者同士になってしまう気の毒な親子に見える。しかし二人の会話をよく聞くと、憎み合っているわけではないことが分かる。

「だれであろうと飛び立つチャンスがある」とは、実はオズの陛下の受け売り。エルファバが陛下に反旗を翻す直前、エルファバを立派な魔法使いに育てようと、陛下が歌ってくれる。まったく同じ1行を全く同じメロディで。

陛下が動物をこれ以上迫害しないと約束してくれれば、エルファバはそれで納得するはずだった。しかしディラモンド先生の変わり果てた姿を見て、そうはいかなくなってしまった。

陛下も惜しい人材を失ったうえ、それがいつか父親になりたいと思っていた自分の、たった一人の娘であったと知り、崩れ落ちる。

政策こそ間違ってはいたものの、陛下は決して根っからの悪人ではなかった。このことは非常に示唆に富んでいる。魔法使いだとオズの人々に嘘をついていたことを非難されても、「ひとは信じたいと思ったことだけに耳を傾ける」と、背筋がスッと寒くなることをサラリと言う。

洗脳と迫害と人心を集めるリーダーシップ。ディラモンド先生の歴史の授業によれば、オズの陛下が気球に乗ってオズに辿り着き、支配者となったのは、大干ばつで国が疲弊した直後だった。

なるほど納得。第1次世界大戦で疲弊したドイツに突然現れたヒトラーがまたたく間に人心を掌握した歴史に酷似している。ネタを取ったのはおそらくここであろう。

こんな強くて人々の信頼を集めるリーダーに逆らったから、エルファバは「ウィキッド」、邪悪な魔女と呼ばれてしまった。長いものに決して巻かれないことは、芯が強くて本当は素晴らしいことなのに、多勢に無勢。

権力と印象操作の力がいかに恐ろしいか、彼女の物語を見ればよく分かる。

フィエロだけは最初から違った

初めて抱き締め、キスをし、愛を確かめ合ったとき「初めて自分でも思うわ。あたし、悪い女」と言うエルファバ。劇団四季の日本語の台詞は違うが、英語を逐語訳するとこうなる。

そんな彼女にフィエロは「ひとと違う視点で見ればいい。そのままの君が美しい」と言ってくれる。

劣等感に苛まれてきた後でこんなことを好きな異性に言われたら、一も二もなく「この人と一緒に幸せになりたい」と思うだろう。

ここまで書いてギクリとしたことがある。そういえばフィエロ、ミュージカルの中では唯一、エルファバと初めて会った時、緑色の肌に驚かなかった

ほかの登場人物たちはエルファバを初めて目の当たりにするとドン引きするのに、フィエロは平然としていたのだ。(オズの陛下も驚いていなかったが、エメラルド・シティでは全てが緑色なので誰も驚いていなかった)

エルファバがグリンダにもらった花を髪に飾り、グリンダに教わった可愛い仕草を真似ているところに出くわしたフィエロは、「グリンダみたいなことしなくても君は君のままでいいのに」と言ってくれる。サラリと。腹に一物かかえている様子もなく。

エルファバがドキッとしないわけない。彼だけは違う。そう気づいたとき、心にポッと熱が宿ってしまっても全くおかしくない。

なぜ平気だったのか不思議でならない。もしかして、原作の小説に記載されているとか?…と思って原作も読んだが、明確な理由は書かれていなかった。ただ、フィエロはエルファバを美しいと思える心があったことは確か。

原作小説でのフィエロをご紹介した記事はこちらをどうぞ。

次の記事ではグリンダを徹底分析しています。さらに、映画版『ウィキッド』でエルファバを演じるシンシア・エリヴォさんをご紹介。下のリンクから是非どうぞ!

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