ネタバレ日本国内では劇団四季が上演、2024年冬には映画化もされるミュージカル『ウィキッド(Wicked)』。
シリーズ第1弾ではエルファバが好きすぎて、エルファバの視点に立った物語やほかの登場人物を分析しました。ということで、第2弾はグリンダの視点に立って物語を深掘りします。
是非最後までお読みください!※ネタバレ注意です。
グリンダはエルファバにないものをすべて持っている
育ちが良く華やかでリーダー格
エルファバと比べて驚いたが、グリンダの出生や少女時代についてはミュージカルで一言も触れられていない。もしかしたら原作の小説では語られていたかもしれないし、映画版では出てくるかもしれないが。
しかし言えるのは、裕福な家で愛情をたっぷり注がれて育ったということ。人の輪の中心にいないと気が済まないところを見ると、少し甘やかされてきたかも知れない。しかし様々な成功体験をしてきたようで、自己肯定感も人を受け入れる能力も高い。
さらに、見るからに上品なお嬢様。パジャマのような格好で外に出たり食べ方が汚かったりということはないだろう。生徒会とかガールスカウトみたいな組織の役員など、人の上に立つ経験が豊富と見える。
その証拠に、彼女はいつも身なりが良く、笑顔を見せ、明るい言葉を使う。そこには大勢の人がついてくる。
可愛くてもバカすぎると人心は掌握できないものだが、彼女はエルファバの恐怖に国中が怯えている時に強いリーダーシップを発揮し、大衆をまとめることができる。
周りをよく見て状況を理解し、自分の気持ちにかかわらず人々が望む言葉をかけることができる。
グリンダは光、エルファバは陰
人格だけでなく外見からも、グリンダとエルファバの違いはあらゆる意味で対照的であると分かる。
エルファバのベッドはいたってシンプル。黒い髪に、いつも黒や紺など暗い色の服。身なりは最低限きちんとしていれば良し。
そもそも緑色の肌という異常体質なんだからお洒落したって無駄だし、人を引っ張ることもないとあきらめている様子。見た目を気にする風はない。トンガリ帽子のダサさにも気づかない。
大してグリンダは部屋中ピンクのフリフリ。輝く金髪に、白やピンク、水色など明るい色の服。黒や灰色といった暗い色は一切使わず、赤のような人を警戒させる色も身に着けない。
前述のように、身なりがいい。決してギャルっぽくもヒッピーとかスポーツ系でもなく、ドレスやジャケットで決める。いつも大勢に見られているという意識があるからだ。外見が粗末すぎたり清潔感がなかったりすると人はついてこない。
こうして見ると、光の存在と影の存在が露骨なまでに明確に出ている。エルファバが憧れても手に入らないもの、日の当たる場所を歩いてきた人が持つ人格や外見の美しさを、グリンダは持っている。常に大勢の人と行動や考えを共にするから協調性もある。
この2人のようなデコボココンビが無二の親友になるとは誰が想像できただろう。しかし、自分とは違うお互いの特徴を目の当たりにすることで、二人は成長するのだ。
エルファバに比べ呑気なようでいて実は複雑なグリンダ
グリンダの哲学
グリンダの考え方において一番大切なことは「Popular」が表している。
この曲の中でグリンダは、人気者になるための髪型や靴、仕草など、やはり外見の大切さに言及している。
人の上に立つ人や、人とコミュニケーションを上手く取る人は、頭がキレたり才能豊かであったりするのでは決してないと。どう見られているかを常に気にかけ、巧みに人の心に入り込み、人気者になることが最も大切なのだという。
マーケティングやリーダーシップ、話し方・聞き方講座なんかで耳にしそうな言葉ばかり。だからグリンダは政治ができたのだ。明るい色の上品な服装で笑顔を振りまき、人前で暗い話を絶対にしない。
エルファバが追われる身となって以降、グリンダは「南の善い魔女」としてオズの人々をまとめることになったが、マイクの前に立つ姿はエビータさながら。彼女の笑顔を見ていれば人は安心する。
心の中ではエルファバの無事を祈り、この先のことを不安に思い、ラストシーンで親友も恋人も失ったときさえ、自分の中に抱える悲しみを人々への誠実な言葉にすり替える。
一番悲しい目を見たのは間違いなくグリンダであった。お尋ね者となったエルファバへの恐怖がオズの国を席巻する中で、人気者のグリンダは大統領のような地位に引きずり出された。
結局エルファバとフィエロは二人きりで逃げることができたのに、グリンダにそれを知るすべはない。
さらにはオズの陛下という強力な支配者がいなくなったオズの国で、新たな支配者という仕事がグリンダを待っている。実際のところ、彼女が王のような地位につくのか正確なところは分からない。でもリアルに行政をやらなければいけないのは想像がつく。
迫害された動物をどうするか、エメラルド・シティをどうするか、マンチキンの新総督を誰にするか。やることはたくさんある。
グリンダを見ていると思う。人気者であることは、思っている以上に様々な点で役に立つかもしれない。エルファバのような反骨精神はなくても、人心を自分に向けることができれば平和が保たれるからだ。
しかし、その人気を保つことは難しく、精神力を必要とする。もしかしたら、グリンダは人気者であることの意味を見出せなくなったこともあるかも知れない。苦しい、もうやめたいと。
だが自分を頼る大勢の人々を捨てられないのもまたグリンダのいいところ。
グリンダが手に入れられなかったもの
愛するフィエロと、魔法の才能。この2点だけは、グリンダが欲しくてたまらなかったのに手に入れられなかった。そしてこの2点は、エルファバにはある。
エルファバの記事でも語ったが、フィエロがなぜグリンダではなくエルファバを愛したのかは謎が多い。男性に聞いてみる方が早いだろうか。
最初は美しい人気者のグリンダとデートしていたが、檻に入れられたライオンを一緒に救出して以来、エルファバが気になるようになった模様。オズの陛下の側についたグリンダを不満に思っている様子も見られた。
グリンダと結婚していればフィエロの安定と地位も約束されたはずなのに。それよりもエルファバを選んだ彼はやはり、「物事を違う視点で見る」という土壌が何らかの形で育っていたとしか思えない。
一方、グリンダの魔法の力はシズ大学の入学試験からマダム・モリブルに見限られていた。マダムはエルファバにしか魔法は教えないとまで言ったのだから。グリンダがマダムに魔法を教わることができたのは、エルファバがトンガリ帽子のお礼にゴリ押ししてくれたおかげだった。
グリンダは「私にはたくさんの友達がいるけれど、本当に大切な友達はあなただけ」とエルファバに言った。おそらくフィエロと魔法の力も同じであろう。
グリンダはたくさんの人に愛される人気者であるが、愛した男性はフィエロだけ。その男性はエルファバがかっさらっていった。
そしてお洒落な服や部屋など、欲しいものは何でも買えるけれど、一番欲しかった才能はない。こればかりは後天的に身につけられる技ではなく先天的な能力だから、どうしようもない。
エルファバにない美しさと華やかさと人心掌握力を持っているグリンダ。しかし、グリンダが一番欲しかったフィエロと魔法の力を手に入れたエルファバ。グリンダの人生は、外から見えるほど順風満帆ではない。
もしグリンダがインタビューを受けてエルファバのことを語ったらこんな感じ!?
エルフィーに出会った時?
そりゃ引いたわよ。びっくりよあの緑の肌!それに、とにか~く暗~い感じで服装もダッサダサ!
でも私が本当にドン引きしたのは、性格。肌だけじゃなくて性格も普通じゃないの。友達を多く作ってきた私にもまったく理解できない。そのうち理解しようとする努力もやめちゃった。
シズ大学にいたころは、ほら…若かったでしょ?私も子供っぽいところがあったから、おばあちゃんから届いたトンガリ帽子を彼女に善意のフリしてプレゼントして、からかっちゃおうかなって。
どうせトンガリ帽子がダサいってことにも気づかないだろうし。
そうしたらね、マダム・モリブルに呼び出されたの。何だろうって思ったら、エルフィーが私にも魔法を習わせてくれ、でなければ辞めるとまで言ったんですって。だから私は魔法を勉強できた。
あのトンガリ帽子、そんなに嬉しかったの?噓でしょ!…ハラハラしてたら、やっぱり。トンガリ帽子かぶってダンスホールに現れた。
みんな爆笑よ。素晴らしいコメディアンのゲストが来たぞって言わんばかりにね…もうどうしたらいいんだろうって、気が気じゃなかった。
エルフィーは暗い表情で、なんだかヘンなダンスを踊り始めちゃったの。どんなに恥かいたのかしら。全然想像つかない。
もうね、私があそこで動くしかないでしょ?私を魔法のゼミに入れてくれた彼女が、私のせいで笑いものになってる。無我夢中よ。彼女とみんなの前で、見様見真似で踊った時はもう恥ずかしくって恥ずかしくって、私も彼女と同じくらい惨めだった。
でもね、それを見たみんなが、私達と同じダンスを踊り始めた時はびっくりしたわ。ね、私って普段から人気者でしょ?みんな放っておけなかったかもね。
感謝しなくっちゃ。あれがきっかけでエルフィーと仲良くなれたんだもの。
終わりに
ミュージカル『ウィキッド』の2人のヒロイン。シリーズ第1弾と第2弾で一人ずつ分析してきたが、初めて分かったことがある。本作の魅力は、ダブルヒロインの生き方の違いが身につまされることなのだ。
個人的にこの作品で一番魅力的な登場人物で、圧倒的に大好きな登場人物はエルファバ。
重力に抗う覚悟がなければ扉を開くことができなかった経験は人生で何度もあったし、だれであろうと飛び立つチャンスがあるはずで、それをつかみたいと思っていた。
勇気を振り絞ってそれを実行し、ちゃっかり幸せになれた彼女に強い共感を抱いていた。
しかし一見マテリアル・ガールなグリンダが、美しい身なりと笑顔の裏で抱えている辛い思いや決意を理解した今、次の観劇は涙なしで見られるか分からない。人の苦労は千差万別だ。
そして、このデコボココンビが互いにないものを学び合って友情をはぐくみ、強くなった物語に胸が熱くなる。
だから、大切な友人を持ったことのある人も、大きな壁に挑戦する人も、順風満帆に見える裏で胸を掻きむしってきた人も、2人の気持ちが分かる。
ミュージカル『ウィキッド』、全人類にオススメします。ダブルヒロインにより共感できるのは女性かも知れないけれど、どんな文化的背景の人にもきっと通じるものがあるはず。フィエロの視点で本作を語れる人、いませんか!?
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