ただのコメディと思うなかれ。日本語版では2014年以降5回の再演を繰り返し、全国を元気にしてきたミュージカル『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』ブロードウェイ版もたびたび来日している。
本作を初演からの9年間で12回という自分でも信じられない回数を観劇している筆者が魅力を語る。第1回目では、あらすじと登場人物について映画版とミュージカル版を徹底比較。あらすじを奥深くまで掘り下げるので、ぜひ最後までお楽しみあれ。
『天使にラブ・ソングを』映画vsミュージカル ~ザックリと~
本作は言わずと知れた大ヒット映画『天使にラブ・ソングを』のミュージカル版としてリメイクされた。
映画で主演したウーピー・ゴールドバーグがミュージカル版をプロデュース。映画版ではネバダ州リノの物語だが、ミュージカル版での設定はフィラデルフィア、1978年クリスマス~1979年1月頃までの約1か月。
1970年代後半のフィラデルフィアと聞いてピンときた方々はおそらく、ソウル・ミュージックが大好きなのではないだろうか。そう、ミュージカル版ではフィリー・ソウルがふんだんに使われている。フィラデルフィアのブラックミュージック、ディスコ音楽だ。
映画版で使われている既成曲は一切出てこないが、ディズニーアニメを数多く手掛けてきた巨匠アラン・メンケンによる全曲書き下ろし。詳細は「こちらの記事」をご覧ください。
『天使にラブ・ソングを』映画vsミュージカル ~登場人物~
登場人物の中でヒロインのクラブ歌手デロリス、デロリスの愛人でマフィアのカーティス、修道院長様はおなじみ。一方で設定が大きく違う登場人物は、デロリスを守る警官のエディ、マフィアの手下たち、そして見習いシスターのメアリー・ロバートだ。
デロリスを守り、愛を勝ち取る!エディ・サウザー巡査
警官のエディは映画版で非常に影が薄かった。完全に警官として被害者のデロリスを守る職務を果たすだけの役だった。しかしミュージカル版ではエディの存在が100倍も重くなっている。
デロリスの高校時代の同級生で「汗っかきエディ (Sweaty Eddie)」とあだ名され、地味で素朴で自信がない。自分とは対照的な人気者のデロリスに恋していたが、箸にも棒にも引っかかる気がしない。しかし危機に瀕したデロリスと再会し、懸命に守ろうと奮闘する。
エディのソロ曲「いつかあいつになってやる (I Could Be That Guy)」は、1970年代のフィリー・ソウルが味わえる大ナンバー。衣裳の引き抜きを使い、地味なエディがキラキラの衣裳に大変身。
不器用に踊りながら、トラボルタのようにカッコよくなってデロリスに思いを伝えたい!と妄想を繰り広げる。
しかし我に返ると、そこにいるのはただの汗っかきエディ。最後は寂しげな表情でトボトボ去っていく。
クスっと笑えて楽しんだ直後、切なさがグッとくる。
第2幕でクライマックスが来る少し前、デロリスと2人だけで話すシーンがキュンキュンしすぎる。触れたいのに触れられない。手鏡越しに後ろからデロリスの顔を見つめてしまう。背中を向けて「女神だよ」なんてポロっと零してしまう。
そんなこと背中で言われたらハッとするに決まってる。
果たして彼の愛は報われるのか?それは劇場で確かめてほしい。
マフィア版ズッコケ三人組⁉ カーティスの手下たち
デロリスを殺そうとするマフィアのカーティスは、映画版で2人の手下と行動を共にしていた。対するミュージカル版では手下が3人に増え、実に個性豊かで愉快な仲間たち。基本的にアタマが足りない、いわば「ゆるキャラ」。
3人の見せ場「黒いドレスのレイディ (Lady in the Long Black Dress)」ではファルセット(裏声)を使いこなし、Earth Wind & Fire的な歌声が聞ける。
1人目はTJ。カーティスの甥。話が半分しか通じなさそうでサルっぽいというか、7歳児っぽいというか。やたらとノリがいいお調子者。
2人目はパブロ。南米系かな?スペイン語が母国語で英語はカタコト。スタイル抜群でダンスがマイケル・ジャクソン風。身のこなしがキレッキレで最高にカッコイイが、3人の中で一番狂暴かも知れない。
最後はジョー。どんな女の子でも落とせると自負しているが、やっぱりかなりネジが抜けている。しかし個人的にはジョーとならデートしてもいいぞって思うくらい(笑)一番まともで優しい男。
悪役の一味でありながら、見ていてホッコリする男達。あなたがデートしたいのは誰?(笑)
閉じこもっていた自分の殻を破る シスター・メアリー・ロバート
まだ若く、幼ささえ残る見習いシスターのメアリー・ロバート。映画版を模した金髪に可愛い前髪がトレードマーク。映画版では聖歌隊でソロパートを任されるまで歌が上手くなる役だが、ミュージカル版ではそこにとどまらない。
おそらく家族に命令されるがまま、自分の意思にかかわらず、子供のころ修道院にやってきた。普通の子供がやる悪さも、はしゃぐことも、外で遊ぶことも、旅をすることも、反抗することも、恋することも、堕落を怖がるが故にできない。
しかしデロリスと交流し、大きな声で思いっきり歌い踊って人を楽しませることを覚える。そして初めて自我に目覚めてしまうのだ。
いつもいつも何かに従う「いい子ちゃん」である自分がなんと空虚なことか。悔やんだところで、落ち込むだけで何も行動できず終わるのが悔しい。
その気持ちをデロリスに吐露する「生きてこなかった人生 (The Life I Never Led)」では、どこか自信がなさそうだったメアリー・ロバートの瞳がどんどん輝き始める。そしてついにガラガラガッシャーン!
これから一念発起しようとしている人は、彼女の歌声にそっと背中を押されるどころではない。ぶっ叩かれるくらいの感動と勇気をもらえる。
1曲の中で劇的変化 シスター・メアリー・ラザールス
最後にご紹介したいのは、シスターたちの中でも年配で聖歌隊のまとめ役、メアリー・ラザールス。そう、新約聖書でキリストが蘇らせたラザールスという男の名前だ。
その通り、彼女は「十字架を背負ってゴルゴだの丘をひたすら歩くだけの、見どころ無しの連続ドラマ」と自嘲するような日々から蘇る。キリストの光よりも強烈そうなデロリスの刺激によって。
デロリスが来るまではメアリー・ラザールスが聖歌隊をまとめていた。しかし歌の下手さはどうにもできなかった。
自分にできなかったことが新入りのデロリスにはできる。みんな変わっていく。
それはきっと泣けるほど悔しいけれど、やっぱり自分も歌が上手くなっていくから気持ちいい。
みんなの楽しい笑顔が嬉しい。大勢の人を楽しませるのが楽しい。
そうして、誰よりもブッ飛んだラップを披露するまでに変貌を遂げてしまうのだ。
シスターたちの歌がどんどん上手くなっていく歌「さあ、声を出せ (Raise Your Voice)」は号泣必至だが、メアリー・ラザールスだけをずーっと追っていると涙で顔がぐしゃぐしゃになる。
『天使にラブ・ソングを』映画vsミュージカル ~一人一人の成長~
自分と重ね合わせることができる物語
ほんの少しだけ私自身の体験談にお付き合い願えるだろうか。
私は新卒で就職した職場が教育現場だった。メアリー・ロバートの「生きてこなかった人生」は、可愛い生徒たちが羽ばたく姿に似ていて泣かされた。
しかしその職場を3年で見限り、イギリス留学を志した。退職願が受理されたとき、頭の中で「生きてこなかった人生」がグルグルと流れた。「生きてみたかった人生にやっと挑戦するのだ」と。
帰国後、今の職場で働き始めた。就職後しばらくして再演を観た時、デロリスが「たった一人でスターになるより大好きなシスターのみんなと歌いたい」と泣きながら歌う「シスター・アクト (Sister Act)」で滂沱した。
私は回り道をして留学し、ようやく勝ち取った今の職場が大好きだ。夢は完璧に叶ったわけではないけれど、自分の存在価値が確認できる場所に巡り合えた。仲間の瞳に映る自分が素敵に見える場所。そこにいられる私はなんて恵まれているのだろう。
仲間を大切にしたい。力になりたい。デロリスの成長を見て、大切にすべきものに気づくことができた。
元気になれるミュージカル No.1
いままで書いたように、ミュージカル版『天使にラブ・ソングを』の一番の特徴は、登場人物たちの目まぐるしい成長物語である。成長がないのは悪役たちだけ。ここには出てきていない修道院長様も、デロリスによって化石になりかけていた石頭が砕かれる。
なにより、シスターたちを変えたデロリス自身が、シスターたちという仲間を得たことで大きな人間になる。自分がスターになるためだけでなく、誰かを幸せにするために歌いたいと心から願うようになる。
個性豊かで優しいシスターたち、ユルくて愛すべき悪役たち、真っ直ぐで誠実なエディ、真っ赤なバラのように華やかなデロリス。
誰もが自分のライフステージやライフイベントによって、共感できる登場人物が必ずいるはずである。そして、人が成長していく様は見ていて幸せなものだ。全員がキラキラした笑顔でローマ法王を迎える姿に、あなたも元気をもらってほしい。
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