だれかの欠片が散って、集まって、あなたの一部になる。
刻みつけよう。あなたを消してしまわぬように。
この世界の片隅に、私がいたこと、あなたがいたことを、忘れぬように。
だめだ。書いていると泣けてくる。アンジェラ・アキさんの軽やかな音色と広島の方言、日本人の素朴さが沁みる。
配信版で観劇するチャンスを得たので、箱ティッシュ片手に楽しませていただきました。きっとこれから日本産ミュージカルの代表作になっていくであろう名作ミュージカル。初演を作った皆様に感謝し、心を込めて作品のご紹介と感想を語りたいと思います。是非最後までお楽しみください。
すず(昆夏美)
広島市出身のすずは18歳で呉の北條家に嫁いだ。幼い頃から絵を描くことが大好きで、ボーっとしていることが多い天真爛漫な性格。いわば、悲しいことを絵の中で明るいことに書き換えながらポジティブを維持している。
夫の姉・径子の娘の晴美と仲良くしていたが、手をつないでいた晴美が時限爆弾で亡くなり、つないでいた自分の右手も失った。
出会ってきたたくさんの大切な人たちの面影を抱き締めながら生きているすず。大切な人の笑顔や大好きだった風景を、絵の中に刻み付けている。その絵を生きる力に変えているから、すずの絵も笑顔も、いつも誰かを笑顔にする。
すずを演じた昆夏美さん、最初に右手を失った自分の結末を語るところでもう涙が光っていたが、第2幕で晴美を亡くしてからラストまで泣きっぱなしだった。
玉音放送で自分の世界が崩れたときも、径子に自分で選んだ道の尊さを教わったときも。「晴美さんとは笑った思い出しかないから、笑うたびに思い出す」…と笑顔で言いながらまた泣いてしまう。そして残った左手で、ふたたび絵を描き始める。
柔らかな語り口調と、その「こまい体」の底から湧き出る歌声もブラボーだった。
周作(海宝直人)
すずの夫、周作は物静か。優しく穏やかで、すずを心から愛している。すずが幼い頃、一緒に人さらいに誘拐されそうになったが知恵を出し合って逃げ延びた。それから9年後に突然プロポーズしてくるという、なんとも素敵なご縁をつくる人。
周作が忘れ物を届けてくれと嘘をついて、すずを仕事場まで呼び出しデートする場面はキュンキュンしてしまう。映画館では小指が触れ合うのに、それ以上は恥ずかしくて行けない。でも港で海を見ていると遂に手が重なり合う。
周作を演じたのは海宝直人さん。方言を使った素朴な語り口が心を掴んだ。
彼がミュージカルで演じてきた役の9割くらいはおそらく、デカい声とデカい体で堂々としゃべる西洋人だと思う。しかしこの作品で演じた日本人はいろんな意味で小さい。
なんでこんなにサマになるんだ。血は争えないと言ったらいいのか、どんな役より等身大のような気がした。西洋人を演じるときにはあの空気感は出ないだろう。
白木リン(平野綾)
遊郭の女郎で、周作の元恋人。周作は客だったが互いに好き合い、結婚まで考えた仲だった。
私はリンにいちばん感情移入したかもしれない。好きな場面がたくさんある。リンとすずが子供の話をするところなんて、普通の女子会だ。どこまでもポジティブで丁々発止な問答のラリー。作品の中でも痛快な場面だった。
幼いすずと座敷童との出会いが、白木リンとの出会いだったと分かるところは作品でいちばん泣いた。第1幕で座敷童の回想シーンで、なぜか全く関係ないリンが歌い出す。
勘のいい人ならそこで座敷童こそリンだったと気づくのかもしれないが、私は「はて?」と思っていた。その伏線が見事に回収された。しかも、リンが空襲で亡くなった後で。たまらなく切ない場面だった。
人が死んだら記憶はなくなり、秘密もなかったことになる。それはそれで贅沢だと語るリン。すずが、自分がかつて恋をした男性の妻だと分かっていながらそう語った。そして空襲で亡くなってしまった。
でも、当のすずはリンが自分の夫の恋人だった人と知っていたから、秘密ではなくなってしまった。でも、それはそれで贅沢だと語るすず。
リンが語る言葉は痛々しいほど含みがある。ひねくれず、女郎という境遇を恨まず、自分と違い平凡で幸せな女性も恨まない。優しい女性だった。
おそらく、浮浪児だった頃に人のぬくもりに触れたからだ。そのぬくもりをくれた人こそ、幼いすずだった。
座敷童のように身も心もボロボロの浮浪児だったリンが、すずにスイカと麻の着物をもらった思い出があるから、リンはスイカが大好きになった。そして優しい人になれた。
優しくて悲しい人生。いや、彼女の人生を「悲しい」と決めつけてしまってはいけないのでは?悲壮感よりも温かさと美しい笑い顔が残る人だったから。
水原哲(小林唯)
すずの幼馴染。お互いに淡い恋心を抱いていた。海軍にいた兄が亡くなったことで自分も海兵隊員になったが、同じく戦死してしまう。
水原とすずの最後の会話はただただ切なかった。行火を入れた同じ布団で足をあっためて、もう少しで秘めてきた願いが叶ったのに、それ以上は触れなかった。すずが夫を愛していることに気付いたから。
「当たり前」とはどういうことかを語る水原。神様の領域のような、よく分からない「当たり前」に振り回され、人の当たり前を忘れていた。
すずが当たり前でいてくれて安心した。すずが家を守るのも、水原が国を守るのも、同じだけ当たり前。いっしょくたに英霊にせず思い出してくれ。それができないなら忘れてくれ。
この長い台詞を訥々と、淡々と、一気に語った小林さんの演技に胸を締め付けられた。決して情熱的にではなく、凄みもなく、静かな目をしていた。パワーで攻めるのではない静かな演技が、こんなにも心に迫るものなのか。見事すぎる。
黒村径子(音月桂)
径子は夫を早くに亡くして息子の親権を義父母に奪われ、たった一人残された娘・晴美に愛を注いで育てていたが、建物疎開で嫁入り先の家を壊され、思いきって離縁してきた。その娘も、すずの右手と一緒に吹き飛んでしまった。
何もかも失ったが、歩んできた人生はすべて自分で選んできたから不幸ではない。
予習せずに見たこの作品で、一見これといった見せ場のないこの役を、どうして元宝塚男役トップスターの音月さんがやるのかなぁと不思議に思っていた。
それをひっくり返したのが、第2幕の後半で来た、すずとの会話の場面。自分で人生を選ぶ自由の尊さとそれに伴う代償を、涙ながらに歌い上げた。
「私の居場所はどこにあったのだろう?晴美さんを失って私の居場所はなくなった。いや、最初からなかったのでは?」と、晴美と右手を失ったショックのただなかにいたすずを、なんと晴美の母が励ましたのだ。
それ、可能なのか?とも思ったが、戦時下ではみんながそれぞれ千差万別の苦労をしていた。
モダン・ガールだった径子は結婚してから盲目的に親に従ったこともあった。でも、戦時下を生き抜くために離縁を決めた。自分で決めた居場所は、自分で選んだ空は、自由の色。
径子はどことなく私がエディンバラに留学していた時に出会ったオランダ人のマダムと似ている。2度の結婚で子供も合計7人もうけたが、死別や浮気など夫と色々あって辛い経験をし、一人になった。「でも、これが私の運命ならいいの。だって今が幸せだから」と笑顔で言っていた。
径子を見てこのマダムを思い出した。
後悔しないためには、自分で選ぶのだ。居場所は人がくれるものではない。自分で決めるのだ。彼女の清々しい生き方に、「私もこんな風に生きたい」と思った人も多いはずだ。
演出を手掛けた上田一豪さんと音楽をつむいだアンジェラ・アキさんに喝采!
軽やかに流れる風のような音楽とともに幕が開く。
すずの世界が歪むとき、音楽も不協和音をたてて美しいメロディが歪んでいく。
玉音放送の後、泣き叫ぶすずの後ろで「まやかしのハリボテ」が崩れていく。使い古した雑巾が腐るように、おどろおどろしく。
ほんの数秒だけ出てきた、行き倒れの兵隊。それが自分の息子だと分からなかった、隣組のおばさん。
すずの手にしがみついたまま離れなくなってしまった戦災孤児は、どことなく晴美を思わせる。最後はすず、周作、きっと引き取られるであろう戦災孤児が、3人で手をつないで歩いていく。
印象的なシーンは多々あるが、本当に素晴らしい作品だった。ファンタジーの世界を描く『千と千尋の神隠し』とは一味違う。
この作品は豪華ではいけない。貧しい戦時下の人々の生活が際立つのがいい。そう思わせてくれる演出だった。シンプルな舞台セットと傾斜のある盆を駆使して風景と心情が動いていき、モンペや着物を着た日本人たちが方言を使ってしゃべる。
上田一豪さんは人の生死の描き方に特別な思い入れがあるというが、この作品では人の営みがどんなに愛おしいものかが痛いほど伝わってきた。日本における世界初演はプレビューのようなものなので、これから再演を重ねるならどんどん磨かれていくはずだ。
日本人の永遠の課題、第2次世界大戦。その中で生きていた、ささやかな人々の物語。勇気を出してミュージカルに生まれ変わらせた上田一豪さんとアンジェラ・アキさんを心から尊敬します。今後もこの作品が愛され、成長していきますように。
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