YouTubeに衝撃の座談会が載っていた。ミュージカル俳優さんの中で、役を持っているキャストさんが怪我や病気などの理由で舞台に立てなくなるような緊急時、代わりに舞台に立つ俳優さんを「スウィング」と呼ぶ。
したがってスウィングは複数の役を稽古しておき、急な招集に対応する。ほんの少し前まで日本では全くと言っていいほど認知されていなかったが、コロナ以降、そのお仕事の知名度や認識も変化しているとのこと。
そんなスウィングを経験したことのある俳優の皆様が座談会で本音を語り合っているのを拝見し、是非私のブログでもご紹介したいと思った。スウィングの皆様の地位向上、労働条件向上、なによりも幸福度向上のため、この記事がお役に立てることを願っています。是非最後までお楽しみください。
まずは座談会の要旨をどうぞ。
スウィングさんが感じる現場でのストレス度合
- どれだけ周りの人がスウィングという存在を認知し、理解しているかによって作品やカンパニーごとのストレス度が違う。
稽古の序盤で制作側がスウィングに「何が必要ですか?何を準備すればいいですか?」と聞いてくれたり、こちらも要望を言える環境がある現場はストレスが小さくてよい。 - 翻訳作品が多い日本のミュージカル界で、海外から演出部が来日することもある。
そのとき、海外勢の「スウィングはこうあってほしい」という考えと日本の舞台業界のシステムがまったく違う。
海外と日本のスウィングに対する認識が食い違うため、その間で板挟みになる。自分がどうあればいいのか、どうしたいのかも分からなくなる。 - スウィングというポジションで働く基準となる服務規程のようなもの、統一書式があるとよい。
稽古が足りない中でスウィングとして緊急事態に対応する葛藤
- スウィングを入れた稽古(入れ込み稽古)の時間がもう少しだけでも欲しい。
スウィングが当たり前になってきたからこそ、もっと稽古しなければいけない風潮もあるが、だったらダブルキャストでいいのでは?と葛藤してしまう。
せめてプリンシパルのダブルキャスト、トリプルキャスト等の稽古と同時に入れ込み稽古してほしい。 - スウィングが緊急要員のほかに、決まった日程で舞台に立つ場合もある。
しかしその場合も、プリンシパルのダブルキャスト等はしっかり稽古できて、スウィングも同じタイミングで舞台に立つのに、同じように稽古させてもらえないのはなぜ? - お客さんに「あの人稽古してないんじゃない?」と思われないよう自主稽古を積んで間に合わせるけれど、もう少し安心して舞台に立てる状態で初日を迎えたい。
となると、やはり練習量が必要ならダブルキャストでよくない?となってしまう。
だから単純に練習量を増やすことだけで解決できる問題ではない。 - 海外と日本の事情の違いが生じるのは、公演期間が短いということに尽きる。短い公演のために長い稽古はできない。
ただでさえどれだけ稽古しても足りないくらいなのに、スウィングになかなか時間を割いてもらえない現実がある。
スウィングの稽古もしてほしい!
- 作品はお客さんが満足して初めてできあがるもの。だから前日に急に登板が決まり、数時間で仕上げても100点にできないと不安になる人もいる。
- 逆の意見としては、スウィングの稽古は自分が100点を取って満足するためではないので、そもそも本役とは違う働き方。
本役が出られなくなった時にスウィングも登板できないがゆえに舞台が中止になることはあってはならない。 - 本役の急な降板があったときに「ここで遜色なく登板できたら俺カッコよくね?」と思える。
どんなに緊急でも代わりに舞台に立てることがスウィング本来の仕事だから燃える。
だから自分が焦っている姿はみんなに絶対見せない。
「短い稽古で100点出すなんて絶対できないって他の奴は言ってるけど俺はやってやるぜ」と考えている。 - 稽古した本役と同じ量の稽古を積んでいない自分がお金をもらってもいいかとは思わないし、考えないようにしているけれど、稽古はもう少し欲しいとも思う。
通し稽古に一度でも出れば、その稽古で入った役ではない別の役で本番に立ったとしても、流れが分かるから安心感が全然違う。
たとえ短い期間でも全体の中に入って稽古できる機会を作ってほしいし、ダブルキャスト等の稽古を俳優ごとにやることを考えても、実際その体制を作ることは難しいことではない。
スウィングにはベテランを!
- スウィングに新人を入れるのはやめて、ベテランを起用してほしい。
役を演じることも稽古も経験がない新人がいきなりスウィングをすると、スウィング本人も本役も不安になる。
スウィングは新人が「代役」で修行する場ではない。
スウィングが新人の勉強の場だと思っている制作陣もいるがそれは違う。 - しかしある程度は舞台の経験豊富な人がスウィングに入ったら安心感が断然違う。
すでに何かの役を演じたことがある作品で再演時にスウィングをすると、3役4役できてオイシイと思えるくらい。 - 演出助手などクリエーター志望の人がスウィングに入ることも海外では普通。
- 自分にインフルエンザの疑いがあったら言い出せるか。
症状からしておそらくインフルだが、ちょっと無理をすれば公演は止まらない。診断も受けていない。その時は? - 怪我もしかり。ダンスがきつい公演だと体にガタが来る。腰や膝に痛みが出ていたら?
- スウィングがいないと本役は無理をする。
スウィングがいない時代は、「100%無理」という事態にならないと降板できないという状況だった。
怪我していても微熱や節々の痛みがあっても、無理して頑張るのが古くからの日本人の体質。
それが本当に重い怪我になる前に、インフルを数千人に移してしまう前に、「大事をとって休んでスウィングに出てもらえるようお願いできる」という環境があれば安全安心。 - そのスウィングが新人よりベテランなら、お願いする方も安心だしスウィングも「代わろうか?」と言いやすい。信頼関係が築きやすい。
スウィングのギャランティどうにかして!
- 日本のスウィングは、ギャランティが低すぎる!肉体的にも精神的にも負荷が高いのに、そこに見合う幸福度がない。
- 日本の舞台業界の給与体系は、1ステージにつきいくら。
しかし登板するかどうかも分からないスウィングはそれだと割に合わない。
その給与体系ができあがってしまっている原因は、稽古期間と公演期間の短さに尽きる。
日本は稽古期間が世界一短く、公演期間も短く、週9回公演が普通。
対して海外では週8回が限度で公演期間も稽古期間も長い。 - 「スウィング手当」を体系立ててほしい。
たとえば拘束期間の日数など、スウィングの給与を判断する明確な基準を設定すべき。それがザックリしすぎていて不安になる。 - 今ではスーパースウィングと呼んでもいいくらいスウィングの経験豊富な俳優もいる。
「この現場ではこれだけいただいていました。これだけ払ってもらえないなら出ません」と言える環境が欲しい。 - だいたいからして演出家、演出助手、振付助手など舞台に立たないクリエーターたちにも給与が出ているのだから、スウィングも本役に比べて安すぎる給与で雇われるべきではない。
- 拘束時間は同じなのに舞台に立たないからってこんなに安いの?という理由でスウィングの仕事を断る俳優が多い。
スウィングは舞台の質を保つための人材なのに、スキルのある人がギャラの問題で断る環境があるなら、解決材料はギャラしかない。
スウィングを経験して良かったこと
- スウィングに対しての理解が深い共演者が増えた。
制作さんがお金や現場のことをどうすればいいか聞いてくれる。 - マチネ(昼公演)とソワレ(夜公演)で別の役を担当することもある。複数の役を同時にやれることにお得感がある。
何ステージも同じ役をやると慣れが出てくることもあるけれど、スウィングだと最後まで新鮮でいられる。
スウィングが入っていると周りも新鮮で面白がってくれる。 - スウィングを目指して役者になる人材が未来に出てきたら理想!
そのための環境がもっと整えられるようにしたい。
「1ステージいくら」という給与体系はスウィングにも本役にも理不尽
ここから先は私の感想と考察を述べたい。
井上芳雄さんの著書『ミュージカル俳優という仕事』に書かれていたのを読んで私は俳優さんの給与体系を知った。稽古期間には給料が出ないので、家族を養えないからと引退していく俳優さんもいるということも。これがもう10年も前のことだ。
さらに、2016年初演、2017年に再演された『スカーレット・ピンパーネル』では再演版が週10公演だった。俳優さんに疲れの色が明らかに見えた。イギリス留学から帰国してこの再演版を観た私は驚愕した。そりゃ疲れるでしょうよと。
理屈は分からなくはない。こんなに公演日程を詰め込むのは、お金の節約のためだ。
たとえば帝国劇場は東宝の所有する劇場だし、劇団四季も専用劇場があるから、そのようなカンパニーは好きなだけ長く公演ができる。
しかし、たとえばホリプロ作品を赤坂ACTシアターや東京芸術劇場など、自社の会場ではない場所でやるとしたら、公演日数が長ければ長いほど場所代がかかる。
ただでさえ海外から輸入したミュージカルは版権や翻訳などで料金がかさむというのに。
しかし、その理屈はすべて経営者側の都合である。俳優さんや、俳優さんが舞台に立つ前後の時間も働くスタッフさんの体力のことなど考えていない。
海外ミュージカルを観劇して感じたスウィングという存在の重み
座談会でも触れられていたが、海外ミュージカルは週8回の公演が限度。だいたい平日のどこかと土曜日がマチソワ、他の日は夜のみ、日曜日は絶対にお休み。
そして、稽古期間のことは私の他の記事でも述べたが、海外なら作品によっては8週間や10週間かけることもある。日本はたったの1か月+歌稽古を少しだけ。
私がイギリス留学中に観劇したミュージカルは10作品ほどあるが、そのうち2作品でプリンシパルが休演、アンダースタディ(アンサンブル俳優さんが特定のプリンシパルの役を稽古して緊急時に備えること)の方が登板していた。
そしてついこの間、ブロードウェイ版『CHICAGO The Musical』が来日したときにはヴェルマ役の俳優さんが怪我で来られなくなり、アンダースタディの方が演じていた。
どの方も見事で、そう言われなければ分からなかった。というか、言われても「ふうん」くらいのものだ。
公演プログラムを見てびっくりした。プリンシパル4人(ロキシー、ヴェルマ、ママ・モートン、エイモス)には2人ずつアンダースタディがいる。あんなに踊る作品だから前準備もこれだけ手厚いのだと感心した。
でも日本のミュージカル作品で、どの俳優さんが誰のアンダースタディなのか書かれていたことなんて一度も見たことがない。
そしてもっと驚いたのは、スウィングの方のプロフィールがほかのキャストの1.5倍ほど長く書かれていたことだ。まさにベテランのスーパースウィング。これだけでスウィングさんの地位が高いことがうかがえる。
人材は対価を払うべき機能であり、慈善事業者ではない
『CHICAGO The Musical』のような環境整備を日本でできるようになるのは、いったいいつだ。
もうすぐと望みたいが、こうなるには経営者が変わらなければいけない。経営者の懐を潤すだけではなく人材の人生を幸せにすることを考えられるように。
俳優さんの願いは、観客の笑顔かもしれない。でも、俳優さんが笑顔で働けなくて客の笑顔なんて作れるのだろうか。
「自分が辛い思いをしてもお客様に盛大な拍手を送ってもらえればそれでいい」と俳優さんに言わせたいのであれば、それは綺麗ごとだ。チャリティじゃないんだぞ。人材を何だと思っている。
経営者が欲する機能を果たしている人材には、生活を保障できるだけの対価が払うのは当然の義務なのだ。こんなことは基本であるはずだが。
稽古期間に給料が出ないというのも本当に全く理解できない。人の時間を拘束しているだろうが。舞台は成果物であって稽古はその前段階の準備プロセスなのだから完璧に労働時間だ。なぜ日給が出ないのだ。
こんなこと演劇人ではない素人でさえ、利益を出すために働いている会社員なら分かるというのに。なんの理屈で稽古期間に給料を出さないのか理路整然と説明できる演劇界の経営者は一人でもいるのだろうか?
スウィングさんはじめ俳優の皆様の地位向上を目指して
日本では武士社会が長かったがゆえにお金をたくさん稼ぎたがることが不道徳と扱われてきたので、給料が不当に少ないと思うなら上げてほしいと言える環境が未だにないとされる。
また、西欧諸国は特に、自由を市民革命で勝ち取ってきた歴史があるから労働者の権利をしっかり考える習慣があるが、日本は血を流して自由を勝ち取ったことがないために経営者が労働者の幸せをきちんと考える意識が薄いという。
フローレンス・ナイチンゲールも書いている。看護という仕事をするならそれは喜びであるべき。ボランティアではその喜びが無くなってしまうから受け入れられないと。
自分の努力とプロフェッショナリズムに対してお金が出ないのは屈辱だ。喜びなどあるわけがない。
なのに俳優さんには今も労働組合がない。つまり、経営者は自分の都合で俳優さんを使いたい放題。俳優さんは何も言えない。言えばクビかもしれないと常に恐れている。だからいつまでも労働環境が改善されない。
こういうことが積もり積もって、スウィングさんの給与体系が曖昧で不安だとか、週10公演のようなクレイジーな日程だとか、『ジョジョ』の初日が間に合わないとか、問題を引き起こしている。
現在の日本ミュージカル界でホットな話題の一つかもしれない、スウィングという働き方。コロナ以降で徐々に変わり始めてはいるが未だに海外に追いつけない制度改革。老いた考えを捨てられない日本演劇界の経営者たち。
スウィングの皆様の勇気ある発信で、私のようなただのファンが俳優さんの抱えている問題を垣間見ることができた。
観客だって自分たちさえ良ければいいわけがない。舞台で輝いている俳優の皆様、セットや照明を動かしている舞台裏の皆様が、幸せでいてほしい。当たり前だ。
自分を笑顔にしてくれる人たちが笑顔でいられない状況があるのなら、それを変えたい。
このブログがほんの少しでもその変化をもたらすきっかけとなれば幸いです。
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