19世紀前半に活躍したヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニの人生を追ったミュージカル『CROSSROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』配信版で観劇しました。日本産ミュージカルは配信で見られるので最近のチケット高騰に苦しむ観劇難民にも有難いですね。
この作品はパガニーニが生前「悪魔と契約して超絶技巧を獲得した」と噂されていたことにフォーカスし、彼に音楽の才能を授けた悪魔を物語の中心に据えた意欲作。登場人物と俳優さんの感想、グッと来た場面や台詞をご紹介していきます。是非最後までお楽しみください!
登場人物とキャスト
アムドゥスキアス(中川晃教)
人が人生の十字路に立った時に出会う悪魔。血の契約と引き換えに音楽の才能を授けてくれる。自分が天才ではないと若くして悟り苦しむパガニーニに、「命と引き換えに天才にしか奏でられない最高の音楽を100万曲演奏できる。
しかし曲はアムドゥスキアスに捧げ、自分が弾けと言ったときだけ弾く」という契約を結ばせる。
ニコロ・パガニーニ(木内健人)
19世紀前半に活躍したジェノヴァ出身の音楽家。その超絶技巧ゆえに「悪魔と契約したヴァイオリニスト」と恐れられ、死後は遺体を引き取ってくれる教会がなかったほど。十字路の悪魔と契約を交わしたことでヨーロッパ中を席巻する音楽家になるが、代償に命をすり減らし、孤独を抱える。
アーシャ(加藤梨里香)
ジプシーの娘。パガニーニの演奏に感動して以来、楽屋や酒場で彼を追っかけては稽古をねだる。差別を受けてきたが天真爛漫で、人を差別しない音楽が大好き。
ギャンブルが好きなのに弱すぎるパガニーニに対し「ギャンブルにはルールが1つ。相手のイカサマに気付けず席を立つ者が負ける」とアドバイスし、それが最後にパガニーニを救うことになる。
逆に、アーシャもアムドゥスキアスの誘いに乗りかけるが、パガニーニに救われる。
エリザ・ボナパルト(元榮菜摘)
皇帝ナポレオン・ボナパルトの妹。パガニーニの愛人にしてパトロン。宮廷で出世のため自分に取り入ろうとする人々に辟易していた。その中でアムドゥスキアスの声を聞き、パガニーニを知る。
嘘と権力欲にまみれた生活で唯一の真実だったパガニーニの音楽に惹かれ、彼を本気で愛するようになるが、1曲弾くたびに命が削られていることを知って身を引く。
コスタ先生/エクトル・ベルリオーズ(坂元健児)
コスタ先生はパガニーニが少年時代に教わったバイオリン教師。才能はあるが天才ではないパガニーニに期待をしていなかったのに、世界のどこにもない超絶技巧をいつの間にか身につけたのを見て「パガニーニは悪魔と契約した疑いがある」と教会に訴え出る。
ベルリオーズは才能ある音楽家だが、作曲するオペラはいつも失敗。自分もカツカツなのに人助けもする善良な男。口汚いパガニーニの人格を一度は疑うが、人生の十字路に立たないよう救いの手を差し伸べてくれたパガニーニを、最後は友と呼ぶ。
アルマンド(畠中洋)
パガニーニの執事。忠実で誠実。父親のようにパガニーニを愛し、世話を焼き、主人が亡くなった後も屋敷と形見のバイオリン「カノン」を守っている。パガニーニの死後、アーシャが屋敷を訪ねて来てパガニーニの生涯を知りたいと願うと、丁寧な言葉遣いでもてなし、話を聞かせてくれる。
テレーザ(春野寿美礼)
パガニーニ最愛の母。歌手。赤ちゃんの頃から体が弱かったパガニーニを心配しつつも、才能を信じ、ヴァイオリンの稽古代を稼ぐために酒場で歌って生計を助けてきた。息子がどんな状況でも、どんなに苦しそうな顔をしていても、いつもポジティブな言葉で優しく声を掛ける。
観劇後の感想
中川さん、あなた、音楽の悪魔でしょ(笑)
まずなんといっても中川さんのアムドゥスキアス。「ソロモン72柱の魔神にして29の軍団が長(おさ)、地獄の公爵」(公式サイトより)という記述通り、キリスト教の悪魔学に名を連ねる悪魔。
彼が地上に現れるときはファンファーレが鳴り響くくらい音楽が大好きで、人に音楽の才能を授けてくれる悪魔らしい。
中川さん、ハマりすぎ(笑)。たまに少し人間味のある仕草やしゃべり方をするのが愛嬌抜群。そこが悪魔の底知れぬ恐ろしさを強調していた。
私は『Chess』のフレディ役の印象が強いので、あの時のパワフルでロックな声と全く違う、柔らかなクラシック調の発声に度肝を抜かれた。あのフレディがオペラ朝の曲を、テノールでもバリトンでもない非常に個性が強い声で、鮮やかに滑らかに歌っている。すごすぎる。
しかし、彼はソウル系統を得意とする歌手でもあると知っているからだろうか?音楽の悪魔だけでなくパガニーニを演じている中川さんも見てみたいと思ってしまった。だって、いい意味で声がクラシックにとっては異端なんだもの。
一番印象に強く残った場面は、パガニーニの100万曲目、すなわち人生最後にしてアムドゥスキアスに捧げる最後の1曲のはずが、アムドウスキアスではなく母に捧げる曲だと分かった時。
「人も悪魔も音楽の奴隷だ」と笑うパガニーニに、「素晴らしい。君は私の最高傑作だ」と喜ぶアムドゥスキアス。
悪魔のプライドとして神の奴隷になるのは許せない。しかし彼は音楽を愛しているので、音楽の奴隷であることは許容範囲らしい。そのあたり、さすが高貴なる地獄の公爵。考え方にちゃんと筋が通っている。
そしてそれを教えてくれたパガニーニを賞賛し、「あーあ終わってしまうのか。この先1000年待ってもこんな才能は現れないだろうな。もったいない」なんて呟く。
永遠の命を与えることは不可能。使わなくても時間とともに減っていく命を、しっかり使って最高の音楽を奏でろ…そうやって自分の才能に迷った人と血の契約をし、天才に作り上げる。その天才たちはすべて彼の作品。
そう考えると、世界を制覇した芸術家たちの多くが波乱万丈の人生を送ったことも頷ける。ショパンしかり。シューマンしかり。フレディ・マーキュリーしかり。
がんばれ若手組
ただ、私の個人的な感想ではあるけれど、残念ながらプリンシパルの若手たちはあまりピンと来なかった。
ニコロ・パガニーニの木内さん、悪魔に魂を売り渡して超絶技巧を手に入れた孤高の天才で嫌われ者の人でなし…
にしては凄みに欠けていた。声の響きと目ヂカラがない。歌は及第点といったところか。でも驚くような美声や歌唱法といった強烈な個性はなく、なんというか、意地悪な感じを出すために「無理して頑張っている感」が否めなかった。
そしてエリザ・ボナパルトの元榮さん、アムドゥスキアスがパガニーニに送り込んだファム・ファタールとして描かれてはいたがイマイチ存在感に欠ける。
どこにでもいそうな清純で気が強い女性で、危険な感じはしなかった。声は素晴らしかったが。
若手の中で光を放っていたのはアーシャの加藤さん。声の響きが抜群に美しい。天真爛漫でありながら、ジプシーゆえの辛い経験を心に秘めた力強い声が、心地よく伸びていた。
彼女の場面は安心して見ていられたし、出てくるとその場がパッと明るくなるようだった。これから大きな役を次々に射止めて行ってほしい。
泣く子どころか悪魔も黙る春野ママ
一方、ものすごくジンと来たのは大人組の皆様だった。正直この作品は、中川さん・テレーザの春野さん・アルマンドの畠中さん・ベルリオーズの坂元さんが成り立たせていると言ってもよかった。
中でも春野ママ、なんという包容力。聖母のお声。愛に溢れた笑顔。みんなに悪魔と呼ばれるパガニーニの音楽を天使の音だと言ってくれた。そしてどんな時も「大丈夫、大丈夫よ」と言って、孤独な息子の支えになってくれた。
この親子はお互いが一番大切な存在だった。
テレーザが最後に見た息子の演奏会で、アムドゥスキアスと隣に座って話す場面が、作品全体でいちばん泣けた。「この天才は私の息子だと叫べばいいじゃないか、そうすれば虚栄心が満たされる」と誘惑するアムドゥスキアス。
誘いに乗ってしまうのか、どうするのかと緊迫する客席。しかしテレーザは毅然と、揺るがぬ瞳に笑みを浮かべて言い放つ。
あなた、十字路の悪魔でしょ。音楽の悪魔のくせに何も分かっていないのね。あの子はあなたに負けません。
そして息子が悪魔との契約に違反した犠牲になってしまう。「それだけはやめて」と言いたくなる結末。
悪魔アムドゥスキアスと対照的に、母の神聖性をすべて詰め込んだようなテレーザ。やはり春野さんのあの凛とした背筋、信念を宿した瞳の優しさ、心にスッと入ってくる豊かなお声は圧巻だった。泣く子も黙るどころか悪魔も黙る存在感だった。
畠中さんの温かさと坂元さんの茶目っ気
最後に男性陣お二方に救われたことも書かなければ。
パガニーニの執事を長年務めているアルマンド、畠中さん。主人の世話をあれこれと焼いて苦労しているのが、なんだかとても温かく有難く思えた。見ていると、まったりとしたアットホームな気持ちになってしまうのだ。
フィガロとくるぶしフェチのアドリブ、笑った~!この作品でただ一人、ガス抜きのように客席とパガニーニの笑いを取るのがアルマンドだった。
作品全体でも春野ママに次いで泣けたのが、アルマンドとパガニーニが賭けをする場面。
悪魔と契約していると恐れられるパガニーニの寝顔を見て「こんな子供のような彼が悪魔であるわけがない。天才であることは人知を超えているけれども罪ではないはずだ。どうか彼を不幸からお救いください」と泣きながら神様に祈る。
そうだよねえ、腐った卵をぶつけられたマントやジャケットを洗うのも、普段から身の回りを整えるのも、酒や賭博を諫めるのも、ぜんぶ彼。パガニーニが酒や薬に酔っぱらって情けない姿を晒すことのできる唯一の存在であり、漫才のような丁々発止のやり取りもできる。
アルマンドにとっては子供にしか見えないよねえ。
畠中さんの歌声と眼差し、ものすごく沁みた。彼が味方でいてくれて感謝したくなるほど感情移入した。
一方のベルリオーズ。彼とアーシャは人生に迷った時、パガニーニに救われた。あと一歩遅ければアムドゥスキアスと契約してしまったかもしれないベルリオーズに、自分のようにはなるなと、物理的に支援してくれたパガニーニ。
それが、ちゃんと2人で話をした最後だった。
ベルリオーズは彼の背中を涙ながらに見送りつつ歌う。「人生の十字路に立った時に出会ったのは悪魔ではなく、美しいメロディを魂に秘めた我が友だった」と。パガニーニを心から友と言ってくれたのは彼だけではなかったろうか。
パガニーニよりも人生経験は長く、様々な挫折を味わい、自分を卑下するようになっていたベルリオーズ。その困難を乗り越えるきっかけを与えてくれた天才に、もう軽蔑の眼は向けない。
これで人生が終わるなどと言わず、もっとたくさん語り合いたかった。彼が本当に悪魔と契約していたという現実などどうでもよい。もっと生きてほしかった。本当は分かり合える人だったから。
そんな切ない歌に、心をぐっと掴まれた。坂元さんの、あのデカい声を柔らかい真綿で包んだような声に。
最後に
この作品、もしかしたら第2の『ロミジュリ』的ポジションになるかも知れないなと書きながら思いました。パガニーニ、アーシャ、エリザあたりは若手の修業に。アムドゥスキアスは個性を伸ばしたい中堅に。大人組は舞台を引き締める重鎮に。
朗読的からミュージカルへ発展したこの作品、ファンタジックさと歴史も楽しめるので海外で翻訳して上演するのにもよさそう。今後も作品の成長に期待したいですね。
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