ミュージカル界をけん引して32年に及ぶ俳優の石井一孝さんが、ミュージカルとお客様への感謝を込めてお送りする『39ミュージカル・ライブ』。39はもちろんサンキューと読み、意味も文字通り。そしてなんと、お値段も3900円!!!
真っ青です。ミュージカルのチケット代が高騰する情勢に真っ向から戦いを挑むこのミュージカル・ライブ。ここ数か月、ミュージカルが高すぎて生の舞台を観劇できていなかった私にも大変有難く。もちろんミュージカル初心者で、敷居の高さに怯んでいた方々も助かる。
大丈夫?どのくらい赤字?とビクビクしながら夜公演に参戦させていただきました。そこはもう、ミュージカルのワンダーランド。本当は1万円とるべきクオリティの歌唱。でもさすが、ゲストはおらず生演奏は諦めて自作のカラオケ音源を使い、コストを抑えられるところを工夫している様子。
このミュージカル・ライブを実現してくださった石井一孝さんに感謝をこめて、感想を書かせていただきます。観に行った方々には感動の時間を振り返っていただければ幸いです。
観に行ったことのない皆様、次回は2024年12月14日に名古屋にて同じコンサートがございます!その予習に是非ともお読みくださいませ。
石井一孝39ミュージカル・ライブ!2024年9月22日夜公演の曲と感想
Friend Like Me『アラジン』
石井一孝さんがペーペーのころ、ディズニーアニメ『アラジン』で主人公アラジンのオーディションに合格して歌を担当したことは、こちらの記事に書いた通り。
今でももちろん歌い続けているが、ここ10年はバリトンを中心とした七色の声を駆使できることと、いろんな人になれる楽しみからジーニーの歌も好んで歌っている。このFriend Like Meはもはやコンサートの定番と言っていい。
前奏が鳴ると、客席中間の扉から勢いよく飛び出す石井さんが!来たぁー!ジーニーが賑やかに自己紹介する曲で、コンサートの始まりを一気に盛り上げた。
陽気なジーニー本体、ヨボヨボのおじいちゃん、調子のいいおばちゃん、渋い執事風、デキる紳士風…ありとあらゆるキャラが飛び出す飛び出す。「そう!ご機嫌なベスト・フレンド!」と〆る時点で客席もご機嫌。そのくらい楽しい。
Sunset Boulevard『サンセット大通り』
「なんじゃこりゃ!難しい!」と聞きながら思われた方も多いかもしれない。この曲はプログレッシブ・ロック、略してプログレと呼ばれる音楽的手法が使われている。プログレは変拍子を多用するのが特徴で、実はミュージカル曲もプログレと呼べるものがたくさんある。
この曲は5拍子という難解なリズム。2拍子や3拍子なら分かりやすいが、5拍子や7拍子はとにかくリズムが追いにくい。石井さんはそれを2006年にCD「BEST MUSICAL 2」にて見事に歌いこなし、久し振りに復活した。しかも自作の訳詞で。
複雑なリズムと危険な香りが漂う歌詞。危なっかしい橋を渡る主人公の考えがリズムと共に走り、歪み、燃える。ハイトーンをこれでもかと響かせる最後の声は圧巻だ。
5拍子を操りながら感情を爆発させる、匠の技に鳥肌が立った。
She’s A Woman『蜘蛛女のキス』
石井さんが菊田一夫演劇賞を受賞したモリーナ役。男性の体と女性の心を持ち、1970年代に生きた人。つまり虫唾が走るような言葉で罵られる時代に生きた人。
そのモリーナが苦しい恋心を吐露するのがこの曲。石井さんはこの曲を涙なしに歌えない。何度もコンサートで歌っているが、少なくとも私は泣かずに歌っているのを見たことがない。
しっとりとしたピアノ1本の前奏が流れれば、一瞬にして目がレディに。ひとたび歌い出せばいつもの男らしさが消え、声までレディに。
モリーナさん、綺麗だよ。辛いよね、本当に辛いよね…。でもこれだけは、男女関係ないとかではなく、当事者にしか分からないのかもしれない。みんな分かるよ、恋することはみんな同じだから、などととても言えない。
だってモリーナは、美しい女性が男性にどんなふうに蝶よ花よともてはやされるかを想像し、本当の女の人になりたいのにと、泣き崩れるように終わってしまうのだから。この気持ちが分かると簡単には言えない。
モリーナを演じるまでは「男は男らしく」と育てられ、そう思ってきた石井さん。役が体に入ってくるまで七転八倒したらしい。だからこそブレイクスルーでき、今でもこんなに胸を打つモリーナになれるのだろう。
Anthem 『CHESS』
この曲をこれだけ完璧に歌える人は日本に1人しかいない。いや、そもそもミュージカル『CHESS』のアナトリーをこの完成度で演じられる日本人は1人しかいない。それが石井一孝さん。
東西冷戦の時代、政府からの重圧に苦しみながらチェスの世界チャンピオンとなるソ連のチェスプレイヤー・アナトリーが西側への亡命を決意した、渾身の讃美歌。
正統派のアリアなのでもともとクラシカルな歌い方だったが、『星列車で行こう』出演をきっかけに習得したオペラの発声を生かして歌ってみたいと以前から話していた。
ほ、本当に声が違う!
この曲、石井さんが日本初演で歌った時ももちろん素晴らしかった。しかし再々演で発声法を変え、バリトンの深みがより洗練され、驚愕の進化を遂げた。
それがここに来て、さらなる進化をしてしまうとは。明らかに響き方が柔らかく、かつ広く大きく包み込むような声になった。
ここ数年でAnthemを歌う時には見ることができなかった涙まで目に浮かべているじゃないか。
ブラヴォー!やはり石井さん以外のアナトリーではだめだ。この人でなければ。『CHESS』が再演されなくなって随分経つが、絶対にまた石井さんのアナトリーを観たい。この声で演じてほしい。切実に願っている。
変身~生きている『ジキル&ハイド』
これはつい2年前まで英語で歌うのが石井さんの定番だったが、2023年にジョン・アターソン役で出演してから日本語で歌うようになった。しかも忠実な台詞つきで。
私としてはどちらも大好きだが、ハイドに変身するジキルを日本語で演じる時は英語の時よりも自由奔放になっている気がする。ペンをグサッとノートに突き刺して実験記録を書きつけ、気持ち良すぎて笑い出すハイド。
目が据わっている。怖すぎる。すさまじいエネルギーが滾る。さっきまでの神々しさも消え失せた、鬼気迫るしゃがれ声。
この連続する2曲で真面目なジキル博士が殺人鬼ハイドに変身するが、石井さんは2006年にCDで歌って以来、おそらく世界のどの本物よりも多くこの曲を歌っている。さらに、この変身の曲をCDにしている俳優さんはおそらく世界で一人だけ。
しかし本番でこの役をやっていない。石井さんをジキルとハイド役にしなかったことは日本ミュージカル界最大の過ちの一つだと思っている。このコンサートでそれを再確認した。それほど凄まじい。
キッチュ『エリザベート』
石井さんは本番で演じていないが、演じてほしい役の1つに間違いなく入っているルキーニ。過去のコンサートで施したジャズ・アレンジのバージョンを歌ってくれた。
色気たっぷり。スローテンポと静かな声に皮肉が効いていて、粋だねぇ。
しかも、歌の伴奏の中でかなり目立つように「最後のダンス」と「闇が広がる」の有名な一説が仕込まれている。作品を知っていれば絶対に分かる。息を呑むアレンジの妙技。
本番のルキーニはこの曲を歌いながらエリザベート皇后のお土産品を売り歩くので、石井さんはそれをパロったお土産を配り歩いた。なんと、本物のエリザベート皇后とフランツ皇帝一家の集合写真を、ぜんぶ石井さんのいろんな顔にすり替えた写真。
見れば爆笑。ゲットされた方は毎日の笑いが増え、きっとご利益がある(笑)。
I Could Be That Guy『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』
石井さん安定のエディに関してはこちらの記事で語りまくったので是非ご一読いただきたいが、ここで再会できるなんて嬉しすぎた。
直前のデロリスとエディの会話から始まり、デロリスに怒鳴り散らされたエディがしょんぼりと佇んで歌い出す。自信がなく、かっこいいスターのように胸を張って彼女に愛を伝えられたらと思うのに、結局は「ただの汗かきエディ」。
なんて切ないんだ。ちょっとだけ妄想してあっという間に現実に引き戻されるエディの切なさ、ズキュンズキュンしてしまう。応援したくなってしまうじゃないか。
表現だけではない。この曲はテンポの加減や内容はミュージカルらしい芝居歌でありながら、リズムやメロディなどの曲調はフィリー・ソウルど真ん中。改めて聴くとハッとするほど高度な技を必要とする。
これが当たり役だなんて。10年も演じているなんて。やっぱり俳優とシンガーソングライターの2足の草鞋は、獲得できる技量が違いすぎるようだ。
ぬくもり『君からのBirthday Card』
石井一孝オリジナル・ミュージカルの名曲。個人的には石井さんのオリジナル曲の中で断トツ好きな曲。この曲もピアノ1本。コンサートでは弾き語りで、より飾り気のない声を聴かせてくれる。
シンプルで優しいピアノに乗せ、最愛の妻の寝顔を見ながら歌う。大好きな眼。くせ毛。唇。ささやかな美しさを一つ一つ見つめ、そっと触れるように歌う。ピアノを弾いていても、妻の手に頬をすり寄せるシーンが浮かんでくる。
こんなふうに愛し愛されるって、最高に幸せだ。
ミュージカルの名曲というと壮大なアリアが多いが、声量で勝負するのではない、静かな演技で魅せる歌はなかなかない。しかもバズーカと呼ばれるくらいデカい声が売りの石井さんが、静かな曲を作ってこんなに泣かせるとは。
「このぬくもりが」のメロディと歌い方が特に、涙があふれてしまう。持っている声にモノを言わせるのではなく、メッセージや演技の力で魅せることができる人でないと、この歌をこんなに目に焼き付くようには歌えない。
Cafe Song『レ・ミゼラブル』
石井さんが人生で最も多く演じたマリウス。この曲も、今でも石井さんは泣かずに歌えない。この日も石井マリウスの眼には散っていった仲間たちの影が揺れていたようだ。
「特攻隊の中で一人だけ生き残ったらどんな気持ちになるか」を想像しながら役を作ったと語っていた。石井さんのご親戚に特攻隊関係の方がいらしたと以前聞いたことがある。
いつもの店であんなにガヤガヤと政治や正義のことを語った仲間たちが、1人もいなくなってしまったら。いつもの店なのに、自分以外は空っぽの静寂だったら。
なぜ自分はここで生きているのだろう。何をしているのだろう。これは現実なのだろうか。自分だけ生き延びたことが許されるのだろうか。
ただただ悔しくて、訳が分からなくて、生きている自分を呪って、散っていった友にひたすら謝って。
石井さんのマリウスには悲しみと一緒にいつも言い知れぬ憤りが見える。
それにしても、マリウスを演じた後でジャン・ヴァルジャンも演じ、今は50代というのに、20代のマリウスがそこにいるような気がするのだから本当に不思議。
Be Myself!(石井一孝オリジナル)
この曲はコンサートを締めくくる定番のオリジナル曲で、明るく華やかなパンク・ロック。韻を踏んだオシャレでポジティブな歌詞と軽快なリズムに合わせ、会場が一つになって手拍子をする。
あ~楽しい!石井さんのコンサートに来た~!と、帰る前に元気がもらえる曲。
夢があるのなら『星列車で行こう』
これが噂のモーツァルト作曲『魔笛』でタミーノ王子が歌うアリア。『星列車で行こう』で車掌が歌ったオペラだ。
なんとマイク無し。なのになんでこんなにドデカく響くんだ!!すごいパワー!!
なんて包容力のある優しい声。広大な銀河の情景が広がる。宇宙の風景を見ながら、この声で励まされて若者たちは次への一歩を踏み出したのだ。
ロボットながら…いや、もしかしたらロボットだからこそ、自分自身の夢や野望がないからこそ、様々な悩みを抱えて星列車に乗ってくる若者を邪心なく応援できたのかもしれない。
もともとロックシンガー志望だった石井さんが50代にして踏み込んだオペラ発声。トランペット・ボイスと呼ばれる力強い声にアルトホルンの滑らかさが加わった。ブラヴォー再びです!
幕が上がれば(石井一孝オリジナル)
ここのみ撮影OKだったためSNSで目撃された方も多いはず。
この曲はもともと30年来のご友人・岡幸二郎さんとの男性デュエットを作る目的で、舞台づくりにかける俳優の誠実な思いを綴った。
ところが、2020年のコロナ禍からは別の意味を持った。
舞台の幕が上がらない。ちゃんと稽古さえすれば当たり前に上がると思っていた幕が、上がらない。
ミュージカルがなんとか復活するまで配信コンサートやYouTube活動を重ねながら、石井さんは祈るようにこの歌を歌い続けてきた。もう一度幕が上がってほしいという、すべての俳優さんやファンの声を天に届けようと言わんばかりに。
今はチケット代高騰という危機がまたミュージカル界に押し寄せている。幕が上がらないことはないが、誰もが苦境に立たされていることは間違いない。私自身も、個人的なことではあるが観劇が難しくなっており、心が沈む事情がある。
その中でまたしても、この曲が沁みる。石井さんは「この場所がある限り」歌ってくれる。デビュー以来30年以上、ずっと進化を続ける歌声で、また私達に力をくれる。だからまた明日から頑張れる。
前説&後説
はい?と思ったあなた、これは必須科目。石井さんのコンサートはコントのような前説が定番。したがって来場するさいは5分前には席についていないと損することになる。
前説はミュージカルでも登場人物の1人が役になりきって担当することが昨今のトレンドだが、石井さんは直近の作品からの登場人物と、観客のキャラを創作する。
今回は2024年8~9月に上演していた『星列車で行こう』の車掌役が観劇マナーの解説をし、車掌と対話するオバチャン2人がいた。ものすっごく五郎役をオマージュした感じの(笑)。
おまけに今回は、グリーティング(ハイタッチしてバイバイするご挨拶)とサイン会の流れを説明する後説までくっついた。
この2本分のコント台本を作成するだけで合計3時間かかったらしい。東京の最低賃金を考えると、これだけでチケット1枚分の代金から足が出てしまう(泣)。
今後39ミュージカル・ライブにいらっしゃる皆様、せめてものお礼に、いや残業代の代わりに、お米やお野菜や卵をお持ちしましょう。冗談はともかく、それくらい有難いと私は心から訴えたい。
2024年12月14日、名古屋での39ミュージカル・ライブ!チケット情報(公式サイトより)
「お寺 DE 39ミュージカル・ライブ」
【日時】2024年12月14日(土)
1st. 11:00開場/11:30開演
2nd. 14:30開場/15:00開演
※上演時間は90分(休憩なし)の予定です
【会場】曹洞宗 成道寺
愛知県名古屋市南区鳥栖2-15-22
(地下鉄桜通線 桜本町駅 徒歩7分・鶴里駅 徒歩5分)
【出演】石井一孝
【ゲスト】愛知高等学校合唱部
【料金】一般:3,900円
学生(高校生以下対象):2,500円
(税込・全席指定・未就学児童入場不可)
♪♪各回終演後、石井一孝による「お見送り会」を実施いたします。ご来場の皆様 全員ご参加いただけます。♪♪
【チケット発売中!】11月15日(金)10時~ 石井一孝公式サイトにて
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