「アラジン」舞台VS実写映画!曲の魅力と魂のメッセージに迫る【徹底比較】

ディズニー・ミュージカルの大ヒット作『アラジン』。この記事では、舞台版と映画版それぞれの魅力をご紹介する。

あまりにも有名かつ人気で、ブロードウェイやロンドン、日本の劇団四季でも上演され、2019年には実写版映画も作られた。

舞台版にしかない曲とは。実写版映画でしか受け取ることのできないメッセージとは。物語をすでに知っていても、アニメ版が最初に作られてから30年間も成長を続けてきたこの作品は見比べてこそ価値がある

舞台版と映画版どちらか一方しか見たことのないあなたも是非、もう片方を制覇してください!

舞台版のジーニーの曲はかなりショーアップ!

観客を鷲掴み!台詞とダンスを織り込んだアラビアン・ナイト

『アラジン』のアニメ映画を見慣れている人はインチキ商人の台詞を思い浮かべるだろうが、舞台版と実写版映画はジーニーが最初に登場し、「アラビアン・ナイト」を歌う。

この舞台版がすごい。ジーニーがランプの物語と登場人物たち、そして物語の舞台となるアグラバーを紹介しつつ、ダンサーたちが多様な中東の芸術を披露していく。

日本人にも馴染みがあるベリーダンスはもちろん、セマというクルクル回る男性の踊り、ひらひらと舞う布、力強く鳴り響くドラム。ブロードウェイ初演ではクレオパトラの人物伝を思い起こさせるように女性が絨毯から転げ出た。剣飲みもあってヒッと声が出るほど。

華やかで色彩豊かで、中東の芸術の素晴らしさを楽しみつつ、観客の心はアグラバーに連れていかれてしまう。

ショーストップも起こるFriend Like Me

ジーニーの独壇場。とにかく楽しすぎるから見てみ!と訴えたいほど楽しい(笑)。

舞台版では映画よりもジャズが強め。その分、やはりダンスや舞台のセット転換で魅了する。しかし途中からはサルサ?ルンバ?私には分からないがラテンのリズムが突然鳴り響いたり、ディキシージャズ、タップも織り交ぜてきたりする。

特筆すべきはディズニー・クラシックのパロディがあること。

『美女と野獣』のBellやBeauty and the Beast、『リトルマーメイド』のPart of Your World(しかも「私はすべて持っているの」というところが「俺はジーニーだぜ すべて持ってるぜ」なんてアレンジされている)やUnder the Sea、『ポカホンタス』のColors of the Wind。

お気づきだろうか。そう、すべて『アラジン』の曲を書き下ろした作曲家アラン・メンケンのディズニーソング。これが様々にアレンジされ、ジーニーが歌っちゃうのだ。面白いったらありゃしない。

いろいろなジャンルの曲といろいろなディズニー作品の曲が、このFriend Like Meたった1曲の中で休む間もなく押し寄せる。良い意味でしっちゃかめっちゃか。

これがジーニーだぜ。どうだ参ったか。こんなところだろう。

プリンス・アリは軽やか&華やかなパレードに

ジーニー、あなた忙しいわね。お茶でもいかが?(笑)ってくらい第1幕ラストそのままのテンションでジーニーが歌い踊り、第2幕の冒頭を盛り上げる。

ご存じアリ王子のパレード。キャスト総出で作り上げる豪華絢爛なショーになっている。

これで気付いた。登場人物の紹介やキャスト表でアラジンよりもジーニーが上に来る理由が。ジーニーは脇役ではない。もはやこのショーの主役。『アラジン』はアラジンの成長物語であるが、ジーニーが若者の夢を叶え、最後に自分の自由をつかむ物語でもあるのだ。

舞台版にしかない曲のオススメはこれ!

Proud of Your Boy

One Jump Aheadのすぐ後のシーンを覚えておいでだろうか。

アラジンがせっかく手に入れたパンを他の貧しい子供にあげてしまい、そこへ馬に乗った身分の高そうな男が通りかかり、子供を守ろうとしたアラジンが突き飛ばされる場面。

アラジンは豪華な衣装に身を包んだ金持ちに「ドブネズミ」と罵られ、珍しくヘコんで歌うのがこの曲。映画ではOne Jump Aheadのリプライズのみであるが、舞台版ではこの曲とセットになっている。

亡き母を思い、いつか必ず立派な人間になってみせると誓う歌。今はこんな惨めな生活をしているし、馬鹿な真似もしてきたし、決してパーフェクトな息子ではないけれど、いつかは母が自慢するような息子になりたい。努力して、絶対になる。

アラジンの純粋さが際立ち、多くの母親が涙する曲と評価されている。

These Palace Walls

ジャスミン姫が侍女たちと歌う歌。知らない男と結婚を迫られ、次々に追い返し、父に怒られ、彼女もまたヘコんでいる。「もう子供じゃないのよ」「どうして夫が必要なの?私が王ではいけないの?」と言い争った後の場面。

城壁の内側に閉じ込められ、外の世界を見て教養を深めたり、出会いを見つけに行く機会を失っている自分が歯がゆい。悔しさをぶつけるように、「城壁の向こうに私の求める何かがある」と夢見る。

侍女たちにアドバイスされ、ジャスミンは庶民に変装し城から抜け出して街を見に行く決意をする。

映画版に出てくる虎がいない代わりにジャスミンの決意表明がソロ曲で彩られている。少しアリエルやモアナに似た雰囲気で、これから始まる挑戦へ胸を高鳴らせるミドルテンポ。いいぞ。学んで来い。なんて大人の視点だと思えてしまう。

Babkak, Omar, Aladdin, Kassim / High Adventure

映画には出てこないが、サントラ盤にはHigh Adventureの曲だけ入っているのでボツになった可能性大の登場人物がいる。アラジンの親友3人。バブカック、オマール、そしてカシームが舞台版では描かれる。

この青年たちがなんとも痛快。ジーニーは冒頭の「アラビアン・ナイト」で「Adorable!(愛すべきだ)」と紹介しているが、ズッコケ4人組と言ったところか。

彼らの自己紹介ソングが、4人の名前そのままのBabkak, Omar, Aladdin, Kassim。真面目な大人やってないでクレイジーに行こうぜと、アホなことをいろいろ言ったりやったり。街の大人たちからはそれなりに可愛がられている様子。中2病だねこいつら(笑)と微笑ましくなる曲。

一方のHigh Adventureはアラジン以外の3人が歌う。ジーニーの魔法で王子となったアラジンの家来のフリしてパレードに付き添い、宮殿に乗り込むが喧嘩して街に帰り、そこでアラジンがジャファーに囚われたことを知る親友たち。アラジンを救出するため、武器を手に宮殿へ侵入する。

街から宮殿へ向かう道中も警備兵たちとの戦闘シーンもこの中に含まれ、コミカルで仕方ない。結局は捕らえられてしまうのだが、終始アホな感じが丸出し。曲が信じられないくらいカッコイイのに、遊んでるのか真面目なのか分からないのがオモロい。

ほんまに愛すべきアラジンの親友たちなのでファンになってあげてください。

A Million Miles Away

イチオシ!!シングルカットできる美しい曲。

アラジンとジャスミンが街中で出会い、役人たちの目を逃れてアラジンの家へ。宮殿と街が一望できる景色を見ながら語り合う。アラジンは貧困に、ジャスミンはがんじがらめの宮廷生活に、それぞれ縛られていると感じている。

ここから旅立って、振り返らずにどこまでも遠くへ旅したい。誰にも従わず、誰にも邪魔されずに。

そんな、しばしの現実逃避をする2人。身分や状況は違えど同じ夢を見ていると知り、2人の心が近くなる。

最初はやはり大人の視点が入ると「こっちも中2病か?」とか「妄想してる間に目標を決めなよ」とか思える。が、これをきっかけに2人の距離がグッと縮まると思うとロマンティック。

広大な砂漠と満天の星空が目に浮かぶような、滑らかでキラキラした曲調にも癒される。

実写版映画にしかないジャスミン姫のソロ曲Speechless

ただのお転婆ではなく女王になる

舞台版のジャスミン姫のソロ曲These Palace Wallsを聞いた第一印象を正直に書くと、あまりピンと来なかった。

なんだか、軽い。ディズニーの超大人気プリンセスなのに、これでは存在が軽すぎる。

これでいいの?

外の世界を夢見る箱入り娘。とっくの昔に描かれていたベルやアリエルの二番煎じではないか。舞台版の初演があった2011年の時点でも全然新しくなかった。

もしかしたら作曲したアラン・メンケンやディズニーの制作者たちも同じことを考えたのかも知れない。2019年の実写版映画では、舞台版のソロ曲がボツになりSpeechlessに取って代わった。

舞台版でのジャスミンは、まだ甘い。箱入り娘のお子ちゃま、幸せになりたい夢見る乙女の夢子ちゃんから脱却できていないかもしれないとさえ思えてしまう。壁の外に出て世界を知るのは、少し勇気を出せば他のプリンセスにもできることだ。

街では、結果的に将来の夫を探してきただけだった。最終的に王を継ぐのは、ジャスミンの夫となったアラジン。それ以外のことは何も描かれていない。

結局ジャスミンはお転婆娘で終わりだったじゃないか。

つまり、2011年の舞台版ができた頃は、ジャスミンのようなプリンセスが父王の後を継ぎ、女王になるという結末はなかったようだ。

外の世界を冒険したら、庶民の様々な生活が見えたはずだ。これを王族としての責任ある仕事に生かせなければ、なんにもならない。

そのモヤッと感を払拭し、2024年の今を生きる女性にブッ刺さるのが、実写版映画のジャスミンだ。

映画版のジャスミンはとっくに城壁を通り越して最初から街に出ていた。そして帰ったときには侍女に「今日、街で見たことをお父様に話せばきっと悲しむわ」。

学問を積み、女王になる準備はできている。あとは認めさせるだけだった。そして遂に、おそらく王国が始まって以来の女王となる。アラジンというベスト・パートナーに出会えたラッキーはオマケでしかなかったと言ってもいいくらいだ。

私はもう黙らない

I won’t be silenced, you can’t keep me quiet.

be silencedはそのまま訳せば「黙らせられる」。ジャスミンを黙らせるのはいつだって他人だった。

私はもう黙らない。黙らせられない。

舞台版でジャスミンとアラジンの身分違いの結婚を許したのは、90年代に作られたアニメ版と同じ父王だった。でもそれでは、人にやってもらっている。父王の力に頼って、法律を変えてもらった。そして次の王となるのはアラジン。ジャスミンは王妃でしかない。

誰かの力に頼って自分の人生を変えることは現実的なことだし、企業に勤めている人も、どうしても上の判断や許可がなければ自力だけではどうしても変えられない現実がある。もどかしくて神経がヒリついている人も多いだろう(私の実体験として)。

でも、実写映画のジャスミンと父王の描かれ方は違った。ここが、2024年の私たち女性が大きな勇気をもらえるところだ。

ジャスミンはジャファーに屈せず、部下のハキームに王女として心からの言葉をかけた。お金も身分差も乗り越えて1人の男性を愛し、良いところも悪いところもそのままを受け入れた。

そんなジャスミンを見て、父王はジャスミンを次期国王に任ずる。「そして王は法律を変えられる」と。女王となったジャスミンが自らの意思で法律を変え、望む男性と結婚することを、ジャスミン自身の権力によって実現させる。

「おまえはアグラバーの未来なのだ」って言って手にキスしてくれたよ(泣)

女性は男性に頼らなければ生きていけないような生き物ではない。時に協力は必要だが、男性ばかりが主体で女性が受け身に甘んじるのは、もう古い。

女性が声を上げること。女性の声が届くこと。そして、女性が王になること。こんな、文字にしてしまえば至極当たり前のことが、今でもまだ難しい。

もう黙るな。声を聞かせろ。周縁に追いやられることに慣れてはいけない。男性に幸せにしてもらおうと思うな。自ら選び、行動を起こし、甘んじていた現実を変えるのだ。

ジャスミン姫の魂の叫びがすべての虐げられた人々に勇気を与えてくれる。

最後に

ハッピーエンドは周知の事実。『ロミオとジュリエット』と同じで、結末や概要は多くの人が知っている。ではなぜこんなにヒットしているのか。そこに至るまでファンタジーの世界へ旅立ち、文句なしに単純に安心して楽しめる作品だからだ。

歌とダンスとセットの魔法によって、映像では決して味わえない熱性を帯びる舞台版。

そこに、入れすぎたシナモンよりも強いインパクトで爪痕を残した実写版映画。

舞台、映画、どちらをとっても魅力満載。劇団四季の『アラジン』は東京で観劇できます。長期休暇には汐留のアグラバーへ遊びに来られてはいかがでしょうか♪劇団四季のチケット料金は、ほかと比べても断然良心的。このご時世でもお勧めです。

劇団四季『アラジン』
電通四季劇場[海](汐留)にて上演中
2025年6月29日(日)公演分まで好評発売中

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