2024年夏、フレンチ・ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』で若者たちが再び熱い恋の旋風を吹かせた。
キャストは30歳以下の若者チームと経験豊富な大人チーム、そして日本の誇るバレエダンサーが個性を競い合う。いわば、この作品はミュージカル界の人材を一堂に集める意味で非常に貴重な意味を持つ。
この記事では、2019年と2021年の公演を観劇している私が思い出深い歴代キャストをマニア比較!俳優が違えば同じ役もこんなに違うのかと驚くはず!是非この記事を最後までお読みいただき、あなたのお気に入りキャストの演技と比べてみてはいかがでしょうか?
断然推したい「大人組」の皆様
本当にぜんっぜん違う人間に見えるヴェローナ大公!石井一孝&岡幸二郎
冒頭に最初のソロ曲を歌うのが、街を治めるヴェローナ大公。若者たちが喧嘩騒ぎを起こしているところに従者も連れず割って入る。危険を顧みず自ら現場で人々に声をかけるあたり、街の住民にとっては身近な人なのだと思える。
しかし実際の立場としては非常に身分が高い。なんと英語ではプリンス・オブ・ヴェローナになるので王族の一人だ(英国皇太子がプリンス・オブ・ウェールズというのと同じ)。
2019年に演じた石井一孝さんは下町のアンチャンなので、威勢のいい会社の部長のようだからもっと高貴な雰囲気をと演出の小池さんに指導されていたらしい。その成果あり、気品に溢れる大公だった。髪は長く、シェークスピアが『ロミジュリ』の原作を書いた16世紀の空気感が濃い。
石井さんのヴェローナ大公を一言で表すなら、慈愛の大公。例えるなら校長先生のようだった。朝の通学時間帯にはメインストリートに立って子供たちに挨拶しているのではないか。
「はい、おはよう」
「xxくん、ちゃんとボタンをかけなさい」
「○○さん、朝練かい?頑張るねぇ」
とか妄想できてしまう(笑)。奥様LOVEで家族の仲もよく、いい大学に行っている子供が3人くらいいそう。上の子は経済、次はアート、3人目は都市開発といったところか。妄想しすぎや(笑)。まあそのくらい人間らしく、庶民とも親しい存在な気がした。
名場面はディボルトとマーキューシオの事件で、ロミオを追放処分にしたシーン。「私は狂人の国を治める愚かな大公なのか。それとも野蛮人の番人か」という台詞がある。ここから再び大公のソロ曲があるのだが、胸を掻きむしられるような悲しみが見て取れた。
最後の場面でキャピュレット卿とモンタギュー卿の手を握らせるところ、和解した2人が抱き合った後ろでなんともいえない切ない顔をしていた。安心では決してなかったと思う。こんな犠牲を払わなければ争いを止められなかった自分と両家の責任の重さを感じていたように見えた。
さぞ頭痛の種が多いだろうな、この大公。
対する岡幸二郎さんの大公は、殿上人。なにせ怒髪天を衝く髪型が人間離れしていて…というかちょっと宇宙人にも見えてビックリ(笑)。
この人は奥様とゆっくり時を過ごしたり、人に笑顔を見せたりするんだろうか。跡取りの子供は1人くらいいるかもしれないが、人間の生活を送っているのだろうか。そんな考えが頭をよぎるくらい雲上人に見えた。
事実、岡さんの大公は豊かな感情表現がなく、しかめっ面をずっと崩さない。いつも凄みのある眼で、ヴェローナに潜む地獄を睨んでいる。ティボルトとマーキューシオが乱闘の末に亡くなった場面では眉間の皴が一層深くなり、眼からは青い炎が噴き出そうだ。
最後のシーンではロミオとジュリエットの遺体を前に、空の一点を見つめている。あくまで静かな佇まいで、でもあまりのことに思考が凍りついてしまっているようだった。
ロレンス神父はロミオにメールしかしなかったのか?岸祐二&石井一孝
ロミオとジュリエットを手引きする愛のキューピッド、ロレンス神父。ヴェローナ市民で中立の立場として両家の争いを憂えている一人だ。
詳細は過去の記事に書いたが、ジュリエットが仮死状態になったロミオと落ち合う作戦が失敗したのは、ロレンス神父がロミオに大切な連絡をメール1本で済ませてしまったからだというのが通説になっている。
しかし私はそうは思わない。メール1本しかしなかったか、メールも電話も何度もしたか、それは俳優さんの演技によって答えが違う。
霊廟にジュリエットを起こしに来たロレンス神父を複数の俳優さんで見比べると興味深いことが分かる。2019年のロレンス神父、岸祐二さんは台詞をスッキリと言った。いそいそとしているが「大丈夫、大丈夫」という感じ。岸さんだと、メールしてひたすら待っただけだったのねとガックリする。
対照的なのは2022年のロレンス神父、石井一孝さん。ガラケー(!)の画面を開き、険しい顔で深い溜め息をつきながら台詞を言う。ものすごい不安が顔に現れていた。
これを見てハッとした。ああこの人、きっと何度も何度もメールと電話をした。でもどちらも繋がらなかったのだ。そのくらい深刻な顔だった。
いずれにしてももう少し早く霊廟に来ていれば…ということにはなるのだが、ロレンス神父は俳優さんのタイプによって人物の裏の設定が変わりそうだ。例えば副業や性格。岸さんロレンスなら大学教授?石井さんロレンスならアロマ関係のショップ兼カフェと学生向け自習室?
物語の中で同じ結論になった原因行動までも異なる印象が出てくるのが面白い。
ここが大穴!観察すればするほど面白い若手キャスト
死のダンサーはさすがにみんな同じと思ってたのに
違うのいるんだ…3人の「死のダンサー」を拝見する機会に恵まれてそう気づき、ゾワゾワ~ッとするほど驚いた。
2019年の宮尾俊太郎さんと大貫勇輔さんはともに、確かに赤い血の流れていない「死」の化身だった。ロミオの背後から音もなく近寄り、足がないのではないかと思うほどの静けさ。
争いの場には必ずそこだけ黒い影が存在する。
マーキューシオとティボルトが亡くなるシーンでは体から邪気を放つように不気味な佇まいを見せる。
ロミオとジュリエットが亡くなるシーンでは後ろから「おいでおいで」をするように手を伸ばす。
終始、顔には表情がない。微妙に目つきが怖くなるか無表情かのどちらかだろう。「死のダンサー」はそうした「無」や「静」の演技によって抗いがたい運命を運んでくるように思えた。
しかし2022年の堀内將平さんは背筋が凍った。誰かが死に近づく度、ニターッと笑ってその人を見つめている。ロミオやジュリエットにも、ティボルトにもマーキューシオにも。この黒い影が笑うとそこに死が訪れる。運命や自然現象というより、まるで死神だった。
怖すぎる。この、歴代の「死」と真逆の表情を持つ演技。これはなんとフランスの2010年版に出てくる「死のダンサー」に近いということが後から映像を見て分かった。ここに出てくる白いドレスをまとった女性の「死のダンサー」は、とんでもなく恐しい笑い顔で若者たちを誘う。
運命か死神か。この似て非なるニュアンスが俳優さんによって鮮やかに描かれるのがすごすぎる。
この違いが最も明確に現れるのが、ロミオが薬屋から毒を買う場面。その薬屋こそ、「死のダンサー」が務めている。
この「死の薬屋」、ロミオが必死に薬へ手を伸ばそうとすればスルリとかわし、もてあそぶ。しかしいざロミオが薬に手の届くところに来ると、一瞬だけ恐怖に動けなくなってしまう。そこに「死の薬屋」は「おいおい、いまさら逃げるなよ。追うんだろ彼女を」と言わんばかりに、ロミオに薬を手渡す。
このときのロミオを見据える目つき、地獄に吸い込まれそうだ。
21世紀のジュリエットは恐れ知らずのお嬢!
原作では13歳というフザけんなな年齢だがミュージカル版では16歳。まあ流石にそのくらいじゃなきゃ、13歳なんてガキすぎて愛なんてちゃんちゃらおかしい。16歳で、時代背景的にその年齢で結婚出産が当たり前なら、ここまで突っ走るかも知れないと思わせる。
まあ14世紀のイザボーは14歳くらいで嫁いでいるから16世紀のシェークスピア先生の時代では13歳ってもしかしたら嫁に行く年齢だったかもしれない。が、心から愛した結果の結婚よりも、よくわからんうちに政略結婚させられる状況だったはず。
いずれにせよ令和の私達にとっては「非現実的すぎて物語が入ってこない」のだ。
まあそれはともかく、20歳そこそこで16歳のヒロインを見事に演じた女優さんの中でも私が特に面白いと思った3人をご紹介したい。
まずは木下晴香さん。ご存じ実写版『アラジン』のジャスミン姫だ。彼女は歌の天才。10年以上ミュージカル女優として活躍してこられたかと思えるような成熟した技術。
音程がきっちりと正確で、他のジュリエットだとどうしても見られた危なっかしいところ、コントロールが上手くいっていないところが一切なかった。伸びやかで清らかで、ビブラートが心地よい。本当に心が癒されるジュリエットだった。
一方、演技力に唸ったのが葵わかなさん。NHKの朝ドラ『わろてんか』でヒロインを務めた女優さんだがミュージカルも歌も初めてだったとのこと。
歌はともかく、役作りはさすがNHKが発掘した人材と言わざるを得なかった。ふとした細かい演技の自然さという点で、説得力が段違い。ものすごく強く印象付けられたのは、舞踏会で初めてロミオと出会い、おたがい全身に稲妻が走った時のデュエット曲。
彼女の頬には微笑みと涙が零れていた。歌詞の通りに、パリスと愛のない結婚をする前に本当の恋人に出会えた喜びが溢れてしまって、葵さんの中に宿ったジュリエットにグッと来た。
今ご紹介したお二方のどちらとも違う、斜め後ろから来た個性の持ち主が伊原六花さん。あのバブリーダンサーだが、いや~びっくりしたぁ。令和のジュリエットなら、これくらい強いのも大いにアリ!!
どういうことかと言うと、彼女はただの箱入り娘ではない。表向きはお嬢、しかし心の芯の部分に獣を飼っている。いい子ちゃんよりもビシッと物を言いそうで、学園のアイドルというよりも生徒会長タイプだと思えた。
伊原さんご自身のキャラや背景にも因っているだろうが、考えてみればジュリエットは一瞬で結婚を決めて断行しようとしたり、いざとなれば仮死状態になる薬だって勇気を振り絞って飲むし、決心が固まれば自分の胸に剣を突き立てられる。行動派なのだ。
ならばこのリーダー的キャラは十分納得がいくし、考えてもみなかった新しいジュリエット像として面白すぎる。
最後に歴代オールキャストと小池先生に敬意をこめて
最後に歴代オールキャストを一番きれいに分かりやすくまとめているWikipediaより、表を引用させていただきたいと思います。記事で取り上げた俳優さんを太字にしてあります。
なんという顔ぶれ。初代キャストなんて今では大スターたちばかり。
ジュリエットの昆夏美さんなんて今では主役をバシバシ張っている歌姫だ。
フランク莉奈さんも『フラワー・ドラム・ソング』で拝見したが、めっちゃパワフルな歌と抜群のスタイルで堂々と君臨していた。
ティボルトの上原理生さんと平方元基さんは『スカーレット・ピンパーネル』でも同役のロベスピエール。どちらも言わずと知れた素晴らしい歌声の大スター。
モンタギュー卿ひのあらたさんは元劇団四季で無敵の低音ボイス。私にとっては『Chess』の怖カッコいいモロコフ。
元宝塚娘役トップの大鳥れいさんも、あの慈愛に満ちたロミオママだったなんて。
未来優希さんの乳母なんて、あの明るい空気感と力強くて優しいお声にめっちゃ合ってる!
そして再演の2013年にはなんと柿澤勇人さんが!10年後の2023年にはジキル博士&ハイドだぞ。ものすごい成長っぷり。
さすが小池修一郎大先生のキャスティング。彼の人材選びはすごい。若手を見出して成長させる点でも、大人組の魅力を引き出す点でも。
これからも『ロミオとジュリエット』がこのフレンチ版の小池演出で、『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』のようにずっと再演されるであろうことは間違いないと思う。
2011年 | 2013年 | 2017年 | 2019年 | 2021年 | 2024年 | |
ロミオ | 城田優 山崎育三郎 |
城田優 古川雄大 柿澤勇人 |
古川雄大 大野拓朗 |
黒羽麻璃央 甲斐翔真 |
小関裕太 岡宮来夢 |
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ジュリエット | 昆夏美 フランク莉奈 |
フランク莉奈 清水くるみ |
生田絵梨花 木下晴香 |
葵わかな 生田絵梨花 木下晴香 |
伊原六花 天翔愛 |
吉柳咲良 奥田いろは |
ティボルト | 上原理生 平方元基 |
加藤和樹 城田優 |
渡辺大輔 廣瀬友祐 |
立石俊樹 吉田広大 |
太田基裕 水田航生 |
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ベンヴォーリオ | 浦井健治 | 平方元基 尾上松也 |
馬場徹 矢崎広 |
三浦涼介 木村達成 |
味方良介 前田公輝 |
内海啓貴 石川凌雅 |
マーキューシオ
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良知真次
石井一彰 |
東山光明
水田航生 |
平間壮一 |
新里宏太
大久保祥太郎 |
笹森裕貴
伊藤あさひ |
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小野賢章 | 黒羽麻璃央 | |||||
ロレンス神父 | 安崎求 | 坂元健児 | 岸祐二 | 石井一孝 | 津田英佑 | |
ジュリエットの乳母 | 未来優希 | シルビア・グラブ | 原田薫 | 吉沢梨絵 | ||
キャピュレット卿 | 石川禅 | 岡幸二郎 | 松村雄基 | 岡田浩暉 | ||
キャピュレット夫人 | 涼風真世 | 香寿たつき | 春野寿美礼 | 彩吹真央 | ||
モンタギュー卿 | ひのあらた | 阿部裕 | 宮川浩 | 田村雄一 | ||
モンタギュー夫人 | 大鳥れい | 鈴木結加里 | 秋園美緒 | ユン・フィス | ||
ヴェローナ大公 | 中山昇 | 岸祐二 | 石井一孝 | 岡幸二郎 | 渡辺大輔 | |
パリス | 岡田亮輔 | 岡田亮輔 加藤潤一 |
川久保拓司 | 姜暢雄 | 兼崎健太郎 | 雷太 |
死 | 中島周 大貫勇輔 |
中島周 大貫勇輔 宮尾俊太郎 |
大貫勇輔 宮尾俊太郎 |
小㞍健太 堀内將平 |
栗山廉 キム・セジョ |
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