2024年7月、ミュージカル『天使にラブ・ソングを』ブロードウェイ版が渋谷シアターオーブに来日することはご存じのファンも多いはず。今回は英語版ですが日本語版は2014年から5回にわたって上演されている大人気作品。
過去の記事ではあらすじ、登場人物、音楽を語りましたが、満を持して日本版の俳優さんをマニアックに分析します。10年間も同じ方が演じた役、歴代で変遷を経てきた役、その中でも最も思い出深い俳優の皆様をご紹介。ぜひ最後までお楽しみください!
ウーピー・ゴールドバーグに一番近い!無敵のデロリス森公美子
私は森公美子デロリスが歌う「Sister Act」でないと泣けないのです。
もちろん他のデロリスを推す方々はそれぞれ「私は〇〇さんの歌う△△が一番!」があるだろう。その中で、私は森さんが歌う「シスター・アクト(Sister Act)」で間違いなく泣く。生理的にもう「この曲は泣く」と分かっているらしく、毎回毎回ボロボロと涙が出てくるのだ。
ミュージカル版ができあがる前、映画版でのデロリスであり、ミュージカル版のプロデューサーでもあるのがウーピー・ゴールドバーグ。
ロンドンやブロードウェイでのデロリスはもっと細くてカッコイイ感じの女優さんがデロリスを演じているが、日本の森さんが演じるデロリスはウーピーそっくり。もちろん声は全く違うが、森さんがクラブで歌うシーンなんてウーピーが降臨している気がする。
華やかではあるが決して上品ではなく、育ちが悪い雰囲気。恵まれない経済事情と夢の狭間で、底辺社会や悪い遊びを覚えてきた空気感。言葉遣いは汚く、不満も喜びも隠すということをしない直球さ。
だからこそシスターに歌を教えるときの前向きな言葉掛けや、「Sister Act」で自分を変えてくれた大切な存在に気付けたときの爆発する感情が響いてくる。
森さんはオペラ、ジャズ、ゴスペルを専門の先生について勉強したご経験があるとのこと。パンチが強く、鍛え上げられた歌声が心をガンガン突き刺してくる。
日本でフィリー・ソウルを再現できる唯一の人!石井エディ一孝
お世辞抜きに世界でいちばん繊細で優しいエディになれるのが石井一孝さんです。
石井一孝さんの「いつか、あいつになってやる(I Could Be That Guy)」は見ていると現地のアフリカ系の人が歌っているような錯覚を起こす。
それだけではない。普段は人前で話すこともろくにできないような恥ずかしがり屋さんが、デロリスに思いを伝えられるようなクール・ガイになりたいと妄想して無理に踊っているような。
石井さんはもともとダンスをあまり習ってこなかったので苦手と聞いてはいたが、初演からどんどん上達していき、上達しすぎて練習禁止令が出たほどだった。すると、そのダンスを5回目の再演で逆に「ド下手」に落とした。
エディが踊り始めるところがまるで壊れたロボットのよう。その代わり衣裳の引き抜きをしてトラボルタに変身したところでは思い切りカッコよくノリノリに。
全然モテるタイプではなさそうなエディの現実と、妄想の中のトラボルタのギャップが切なくて、手に汗握ってしまう。こんな細やかな役作り、見事としか言いようがない。
初演から彼のエディを観ていると分かるが、この曲の最後に「いつかはなりたい 死ぬまでには」と歌うところの歌唱法を4回目くらいの再演から変えている。
「には~」と伸ばす音はファルセット(裏声)なのだが、最初はまっすぐ伸ばすだけだった。ところがそこに息継ぎを入れ、「には~あああ~」と、ブロードウェイ版のエディがやったようなコブシを追加したのだ。
これだけでも断然、ブラック・ミュージックの雰囲気が色濃くなる。無類の音楽マニアで70~80年代の洋楽には特に明るい石井さんにしかできない技だ。
去っていく寂しげな背中を抱き締めて「がんばれエディ!」と叱咤激励したくなってしまう。
さらに、ウェストエンド版も観劇した私は欧米のエディと石井さんを比べているが、驚くべきことにクライマックスの演技が全く違う。
カーティスを逮捕した後、日本版ではデロリスからエディにブチュ~っとする。エディはデロリスの愛を勝ち取った事実と彼女の唇に、汗が噴き出てしまう。そこからカッコつけて舞台から去りたいのに、手足がちゃんと交互に出てこない(笑)。
対してウェストエンド版のエディはカーティスを逮捕すると「俺は彼女を救ったヒーローだぜ。もういいだろ」と言わんばかりに自分からデロリスにキスしに行く。カッコよく終わる。
もしかして、欧米の観客にはカッコいいヒーローになれたエディがいいのかもしれない。が、日本版エディはカッコよく終われない。
「エディ!」
「なんでぇ(振り向きざまにトラボルタのポーズをしちゃう)」
「汗が噴き出てるわよ」
「えっ!(ハンカチを取り出そうとし、カーティスに渡したので無いことに気付く)ああもう~あげちゃったよ~」
カーティス逮捕とデロリスを守り切るという大手柄を果たしたのに、この期に及んでこんなにヘタレなエディさん。これは日本だけのようだが、断然いい。大好きだ。
弾けっぷりも甚だしいシスター・メアリー・ラザールス、春風ひとみ姐さん
「Raise Your Voice」でずーっと追っていると号泣必至。春風ひとみ姐さん愛してます。
「さあ、声を出せ!(Raise your Voice)」はシスターたちが歌の特訓をする第1幕後半の大ナンバー。その中にひときわ目立つシスターがいる。春風ひとみさんである。
「てめぇこの野郎あたしから聖歌隊のリーダー職を奪いやがって、やれるもんならやってみろ」と言わんばかりの攻撃的な目をしていたシスター・メアリー・ラザールス。
しかし途中からどんどん歌が上達してくるシスターたちを見て、あぁ楽しそう…中に入りたいわ…あたしも上達したい…なんていう感じで練習を覗き見する。
ついにデロリスからソロを振られると、「引っ込んでな新入り」と、超早口言葉でベースをまくしたてる。デロリスが思わず「いいじゃない!」と親指を立てるとノッてしまい、自分が立てた親指を見て「おっとシスターなのに」なんて顔をする。
最終的に、美しくハモッていくシスターたちを驚愕の眼で見つめ、その一人として思いっきり歌っている。
磔も復活もなくゴルゴダの丘をただただ、ただただ歩くだけの辛くつまらない人生だった。そのまんま年老いてしまった。閉ざされていた彼女の心が、華麗に復活する。この1曲で彼女がどんな劇的な変化を遂げるかを追うと泣けて泣けて仕方ない。
春風姐さんはまだまだおばあちゃんではないが、メアリー・ラザールスは老女。年をとっても哀れに老いて誰からも必要とされなくなるのではなく、こんなふうに新しい楽しいことをいつも見つけていたいものだ。
で、2幕になると誰よりもファンキーに変身している。メアリー・ラザールスはラップのソロがある。
サングラスをかけてめちゃくちゃ激しく踊り、韻を踏みまくり、ハンサム揃いの12使徒をご紹介。その後でブッ倒れて次の踊りに行くまでの、ほんの短いオフ芝居をぜひとも見逃さないでほしい。演技の細かさとオモシロさに飛ぶぞ。そして春風さん、姐さんと呼ばせてください。
演じた若手女優さんはだいたいブレイクするシスター・メアリー・ロバート
初演と次の再演でメアリー・ロバートを演じたのは宮澤エマさん。実は私は宮澤さんに勝手にシンパシーを感じているが個人情報なのでこれ以上語れない。
とにかく、彼女が演じたメアリー・ロバートは当時の私とよく似ていた。まるで中2病の延長のような子供っぽさ。自分の現在に納得できていない故の迷いまくり、ブレまくり、トガりまくりの頭。リアルタイムでもう一人の自分を見ているような感覚さえあった。
私はその後、個人的にブレイクスルーがあり、それが決まった瞬間に彼女の歌う「生きてこなかった人生(The Life I Never Led)」が頭の中で大音量で流れた。
その後でメアリー・ロバートを演じた女優さんで最も印象に強く残っているのが真彩希帆さん。元宝塚歌劇団娘役トップスターで、あのイザボーを演じた望海風斗さんとトップコンビ。「10年に一度の歌ウマコンビ」と謳われたそう。
演技力も定評があると聞くが、彼女のメアリー・ロバートは幼さと純粋さの中にテニスボール大の「岩」のような、鬱屈した悩みを持っているのが分かった。そのくらい、歌に切実さが表れていた。
特筆すべきは歌に「飾り」が何もなく、誰よりもメアリー・ロバートその人だったということ。ミュージカルの芝居歌と言っても、歌う時はだいたい歌いやすいように少しクセをつけたり、お洒落なコブシを入れたりするもの。
エディさんの歌ではそれがフィリー・ソウルをド直球で感じさせるので効果大なのだが、メアリー・ロバートのソロ曲は逆なのだと、真彩さんの歌い方を聞いてハッとした。
この曲は洒落て歌うよりも、16歳くらいのメアリー・ロバートの自信のなさと未来への希望が台詞として聞こえるのがいい。真彩さんの飾らない表現は本当に見事だった。
終わりに
どう考えてもまだ書くべき人がいます。ということで、連続でもう1つ記事を書きました!こちらからどうぞお楽しみください。
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