「イザボー」イザボー望海風斗&ヨランド・ダラゴン那須凜

ここから3回にわたり、ミュージカル『イザボー』にご出演の俳優さんを取り上げていく。

世界初演の新作において、役を世界で初めて演じる俳優さんは、その役の印象を決める。プリンシパルの皆様は文句無しの実力者たち。全員同じキャストさんで再演してほしいと切実に思うし、誰も彼ももうこの役はこの人の顔しか浮かばないと思わせるほどピッタリだった。

少しでも応援になるよう深く分析しております!ぜひ最後まで余さずお読みください!*ネタバレ注意です。

激烈王妃の爆誕!イザボー望海風斗さん

いやあ、すごかった。すごかったなあ。

宝塚雪組の男役トップスターだった頃の彼女は残念ながら知らない。望海さんの舞台を観たのはこの作品が2度目。初めて拝見したのは2022年の『Guys and Dolls』ミス・アデレイドだった。

あの時も本当に魅力的な女優さんだと思った。マリリン・モンローを思わせる妖艶さとオモシロ満載の演技がハマりにハマっていた。他のメインキャストを差し置いて賞を取ったのも納得だ。

そして今回のイザボー。体力を最後の一滴まで搾り取られるような役だった。

幼さが残るような20歳そこそこから、豹変した30代、すっかり貫禄がついた40~50代、真っ白な髪で痩せ細った60代まで(*本当のイザボーはハンプティ・ダンプティ化していたらしいが突っ込まないでおく)。

膨大な台詞と歌も淀みなく、多くの男たちを誘惑するダンスまでついてきた。なんでもできちゃう大スターっぷり。

イザボーが憑りついていたのではないかとも思えたが、おそらく本物のイザボーより断然カッコイイ。特筆すべきは第1幕ラスト近く、王弟ルイを味方に引き込んだときの思い定めたようなあの眼。突き刺すような攻撃性があった。

そこまでイザボーは黒い簡素なドレスしか着ておらず、純粋で優し気な目をしていた。守ってあげたくなるような、か弱い女性のオーラを出していた。しかし、権力者の赤いドレスに身を包んだ時はもはや目が据わっていた。

殻を破ったというか、超えるはずのなかった一線を大ジャンプして超えた。様々な禁を破って愛する夫を支え、自分を妊娠マシン扱いする男どもを見下してやる。もう後には引けない。もう私は男の道具ではない。何をしようが、何と言われようが、自分の人生の邪魔は誰にもさせない ――

一世一代の覚悟を決めた歌声は体の芯まで染み渡った。なるほど本作は「元気が出る悲劇」と銘打っていたが、ここが一番元気になる。

第2幕のラストシーンでは天を仰ぎ、笑みを浮かべた。幸せだったか、悪女か聖女か、どうでもいい。全うしたのよ。

その堂々たる幕引きで、生き抜いた自分を祝福するような夥しい赤いバラの花びらを頭から被った。

ドサーーーッと。本当に、装置が壊れたのではないかと一瞬思ったくらい規格外の大量の花びらが、ヒラヒラヒラ~と舞い落ちるのではなくドサーーーッと落っこちてきた。

ああ気持ち良かったぁ。

シャルル7世戴冠の裏ですべての手綱を握った!?ヨランド・ダラゴン那須凜さん

桐生操氏の研究によれば、もはや歴史家の間で定番になっているらしい。ジャンヌ・ダルクはヨランド・ダラゴンの差し金で呼ばれた、シャルル6世の子だと。ミュージカルでもチラッと描いて観客をドキッとさせても良かったのにと思ったくらいだ。そうするとヨランドの重みが倍になる。

第2幕で一瞬出てきたが、シャルル6世の添い寝をしていた女性はオデットという名で歴史に残っている。そう、第1幕の「炎の舞踏会」で結婚式を挙げた、イザボーの侍女である。

シャルル6世は精神疾患の発作がある時にはイザボーが誰か分からず、酷い暴力を振るう。しかし性欲は減退していないということで、オデットはイザボー公認の女性だった。そして彼女とシャルル6世の間には子供ができていて、正式な子とは認められないので王宮の外に引き取られていた。

それがジャンヌ・ダルクだというのだ。

シャルル7世にとっては腹違いの妹。ヨランドにとってシャルル7世は、自分の娘の夫つまり義理の息子。ジャンヌの存在を知ったヨランドは、シャルル7世をフランス王として戴冠させるために様々な手引きをして、ジャンヌを歴史の渦に引き入れた。これが通説らしい。

なるほど、説得力抜群だ。もしジャンヌに父親の疾患が遺伝しているなら、暗示にかかりやすい体質なのは容易に想像できる。

そしてヨランドが動かした糸の重要性は計り知れない。この人をヒロインにした物語がもう1つできてもおかしくないし、イザボーと同じくらい歴史から再評価を受けるべき女性である。

那須さんの、その名の通り凛とした佇まいと力強い声。母として、教養人としての貫禄。このくらいスゴいことをしそうな存在感の太さがある。

なななんとまだ30歳前後?ご、ごめんなさい望海風斗さんと同じくらいかもっと上かと思っていました!…そのくらい、甲斐翔真さん演じるシャルル7世の母親っぷりが板についていた。

「鋼を真綿で包んだような女性」という言葉があるが、那須さんが演じるヨランドの雰囲気はまさにこれだった。

鋼の信念を黒いドレスに封印しつつ、5人の子供たちにも、娘婿のシャルル7世にも、政敵にさえも、笑顔を必ず向ける。
イザボーやブルゴーニュ公ジャンを相手にズバズバとものを言う。
イザボーの心の内を表す妖精「ハートマン」が、緊迫した交渉の場でダベッていれば蹴散らす。馬鹿にすんじゃないと言うように。

なんて頼りがいのある王妃だ。

『イザボー』のクイーンたち~軽んじられてきた歴史の立役者

闇に葬り去られてきた女性たちの歴史。

中心にドンと君臨するのがヒロイン、フランス王妃のイザボー。
そしてヒロインではないが、もしかすると歴史上で暗躍した点においてはイザボーより巧妙だったのが、アラゴン王女でナポリ王妃のヨランド・ダラゴン。

対照的なこの2人の王妃がバチバチと火花を散らす様は、やれ子供を産んだ産まなかった~やれ偉い男の心を掴んだ掴まなかった~といった、ありがちで陰湿な女の戦いなどではなかった。

男の愛を勝ち取る女の戦いは頻繁に描かれる。それが女の一番大切なことだ懸けと考えられてきたから。おあいにくさまだ。

彼女らは正々堂々と政治の場で戦っていた。女にしか生み出せないものをどう使うか。女にどうしても付きまとう弱みをどう克服するか。金属の武器を使わずに、国家までをも懸けた勝負をしていた。

そこにはもはや、陰の存在とか歴史に書かれなかったとかいう悲壮感はなかった。確かに歴史を動かした女性たちがいた。2人がやりあった後の結果は確かに書き残されているのに、その結果をもたらした人物たちがなんと軽視されていることか。

こうやって埋もれさせられた女性たちの影響力がいかに大きかったか、もっともっと掘り起こす価値は十分にある。そう思わせてくれたのは、望海さんと那須さんが渡り合う場面があまりにも力強かったからだ。

私が高校を卒業して以来、眠らせていたフェミニズム熱を彼女らが呼び覚ましてしまった。ジェンダーレスのこの時代にフェミニズムってどうなのと正直思っていたが、彼女らが歌ったように、女性はあらゆる歴史に素知らぬ顔をされ続けてきた。女性は世界の人口の半分であるにもかかわらず。

だからやはり、まだフェミニズムは終われない。ポツポツとインプットだけは続けてきたこの学問で、10年以上ぶりにアウトプットしてみようと思わせてくれたクイーンたちに感謝します。

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