『ジーザス・クライスト・スーパースター』シリーズ第4弾もマニア語り。今回はヘロデ王にスポットを当てる。
これまで4種類のまったく異なる演出をご紹介したが、中でも「ヘロデ王の歌」アレンジは椅子から落ちるほど。
終始バカにしたような軽快な曲とふざけたような王。その名の通り王様風の演出だけでなく、2012年UKアリーナツアー・バージョンでは大物司会者に化けた。雰囲気が本当にぜんっぜん違うが、動画全盛時代において説得力抜群。
ということは、もし字幕や訳詞をつけるなら、彼の持ち歌の翻訳だって雰囲気が変わらないと面白くないだろう。この記事では「ヘロデ王の歌」の翻訳を、王様風VS大物司会者風で訳し分けに挑戦した。
尚、翻訳は読むためのものなので、歌うための訳詞とは違います。ぜひ最後までお読みいただき、2つを比べてお楽しみください!
「ヘロデ王の歌」王様風の翻訳
まずは王様風。正統派かな?いやこの作品に正統派などというものがあるか分からないが、オリジナルや実際の歴史上の人物に一番近い雰囲気を出してみたい。
言葉の雰囲気
- 王として、つまり身分高い存在として、罪人のイエスを尋問しようとする
- 威厳を持ってはいるが、どちらかというと偉そうな感じ。誠実ではない
- バカにした空気感から始まり、キリストが完全黙秘を押し通すのでだんだんと怒り出す
- 劇団四季エルサレム・バージョン、ジャポネスク・バージョンに合う
翻訳
ジーザスよ 会えて非常に嬉しいぞ
お前の名は知れ渡っているな
不具の人を治し 死者を生き返らせ
神というのも分かる
少なくともお前はそう申したであろう
そう お前はクライスト 偉大なジーザス・クライスト
聖なる存在だと証明してみよ 水をワインに変えるのだ
そうしてくれれば 全て信じよう
やれ ユダヤの王!
ジーザスよ この辺りでどれだけ話題になっておるか
信じないであろう
お前の話題ばかり 今年いちばん謎めいた人物だ
ああ すべて嘘なら残念きわまりない
しかし 力を発揮すればそんな皮肉は覆せるだろう
もしお前が偉大なジーザス・クライストなら
愚か者ではないと証明するのだ
水の上を歩くのだ
見せてくれれば釈放してやろう
さあ ユダヤの王!
こんなことはスーパースターにしか聞けない
なにがどうしてお前はここに来たんだね?
さあさあ待たせるな そう 私は熱烈なファンなのだ
お前が他の人間とは違うところが見たくて仕方ない
だからもしお前が偉大なジーザス・クライストなら
このパンで私の家族を養ってみよ
楽々とできるだろう
それともどこかで道を間違えたか?
なぜそんなに時間がかかる
やれ ユダヤの王!
おい!私が怖いのか クライストよ
素晴らしきクライスト様だろう!
なんという冗談だ お前は神ではない
ただの詐欺師だ
奴を連れていけ 何も言わせるな
出ていけ 王様
出ていけ 王様
さあ 出ていけユダヤの王
ここから出ていけ
お前 さっさとここから出ていけ
二度と私の前に現れるな
「ヘロデ王の歌」2012年UKアリーナツアーの大物司会者風
では次に、大物司会者風に挑戦。王らしさをなくし、2020年代の私達になじみのある雰囲気にしてみたい。
言葉の雰囲気
- ReHacQ、明石家さんまさん、中居正広さんのようなバラエティ番組の司会者を想定
- ネットのライブ配信。大物司会者とホットな話題の人との「奇跡の対談」が初めて実現する
- 身分の高い人ではないので、話し方は緩い。ネットスラングや流行りの言葉遣いを多用
- しかし対等ではないと思っているので上から目線
- 最初はノリノリだが、話しても話してもキリストが答えないので最後はやはり怒り出す
翻訳
ジーザスさん、お会いできるなんてめっちゃ嬉しいよ
すんごい有名になっちゃってさぁ
障がいのある方を治したり 死んだ人を甦らせたり
マジ神様だよねえ
少なくともあなた そう言ってるよね
そう あなたはクライスト 偉いクライスト
見せてよ あなたが聖なる存在だって
僕の水をワインに変えたりとか
やってくれれば全部信じるって
どうぞ ユダヤの王様!
ジーザスさん どんだけバズってるか分かってないでしょ?
みーんな噂してる 不思議ちゃんオブザイヤーだよ!
これで全部嘘だったらどーすんの
でもやってみれば そんな皮肉ぶっ飛ばしちゃうでしょ
だからもしあなたが偉~いジーザス・クライストなら
バカにすんなってとこ見せてよ
水泳プールの上を歩いちゃったりとか
やってくれれば帰ってもらって大丈夫だから
どうぞ!ユダヤの王様
スーパースターにしかこんなこと頼めないよ
でなきゃ なんのために来たか分からないでしょ?
はいはい待ってるよ めっちゃファンなんだから
普通とは違うって見せてもらいたくて仕方ないんだから
だからもしあなたが偉~いジーザス・クライストなら
このパンで僕の家族のお腹を満たしてよ
お茶の子さいさいでしょ?
それとも どっかでなんか間違えちゃったかな?
ジーザスさん なんでそんなに時間かかるんだ?
さあやって! ユダヤの王様
もしも~し!怖がっちゃってますかね~?
ミスター・激やばクライスト!
冗談キツイよ あんた神なんかじゃない
ただの詐欺かよ
ご退場いただきましょう なんも言わねーみたいだし
はい出てって 王様
はいお疲れ様でした 王様
あーあ 出てけよユダヤの王様よぉ
帰れって
はいはいさっさとここから出ようね
もう絶対会いたかないね
2種類の翻訳、英語の原詞、劇団四季の訳詞を比べて
訳詞で優先すべきは音楽に合うこと
劇団四季バージョンの訳詞は、あの『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』など大型ミュージカルをいくつも大ヒットさせた作詞家・岩谷時子先生の手による。
ヘロデ王としての偉そうさとフザケた感じが分かりやすく出ており、「ユダヤのキング」や「ミスター・ワンダフル・クライスト」など、リズムや韻に合うカタカナをいい具合に混ぜ込んである。俳優さんも演技で遊び甲斐がありそうだ。
訳詞としてはリズムや音の抑揚に合わせるのが最優先なので、どうしても読むための翻訳より英語の意味が間引かれているのは仕方ない。「死者を蘇らせる」の前の「不具の人を治癒させる」がなくなっているのが代表例。
言い換えの妙で遊ぶ
しかし、巧みに言い換えられている箇所が圧倒的多数だ。特にYou are all we talk about, you’re the wonder of the year!は「たいしたもんだよ大成功」と、話題をさらっている状況を簡潔に言い表している。
これが読むための翻訳ならもう少し言葉遊びができる。王様風では「お前の話題ばかり 今年いちばん謎めいた人物だ」、司会者風では「みーんな噂してる 不思議ちゃんオブザイヤーだよ!」と訳した。
“wonder” という単語は「世界七不思議」が “seven wonders of the world” というので、不可解さに心をそそられるような意味を表す。少し理解が難しいけれど面白いから話題になっている人間として “the wonder” を訳せばいい。
“of the year” は意味の通りではあるが、特に現代のライブ配信で対談しているなら単に「今年の」と訳してはあまりにも色気がない。
視覚的に比べるとお分かりの通り、圧倒的に文字数が違う。英語では1音につき1音節なので14音。つまり日本語で歌うなら14文字で収めなければならない。読むためだけに意味を忠実に取ろうとすれば倍以上の文字数になる。
訳詞ではカタカナになっている箇所に日本語を当てはめると?
さらに、岩谷先生の訳詞で「ミスター・ワンダフル・クライスト」となっている部分はそのまま “Mr. Wonderful Christ” であり、日本人にも浸透しているカタカナ語を使うことでリズムを再現している。
これを読むために無理やり日本語に直したらどうなるか。やはり “wonderful” の訳がカギになる。
王様風では「素晴らしきクライスト様」。お前はそう呼ばれているんだろう?あぁ?という、顔面に縦線が入っている感じ。
司会者風なら2020年代で使われている流行り言葉「ミスター・激やばクライスト」としてみた。「ミスター」を残したが、司会者が視聴者の耳に残るフレーズを作ったようになっただろうか。
まとめ
た、楽しかった(笑)。これまでの記事では『ジーザス・クライスト・スーパースター』に4種類の演出が存在すると書いてきたが、最近ほかにも多数の別の演出を見つけた。オーストラリアやアメリカの別の地域、80年代のイギリスなど、時代と地域によってまったく違う。
それだけ、この作品は「これがベスト」と言える演出が見いだせないのだろう。だって、2千年前のイスラエルで起こった聖書の実話だもんね。人間臭いキリストを、このロックの音楽を使ってどう表現するか。
ベストも見つからないが、舞台の作り手の想像力が刺激されちゃって仕方ない。違うアイデアが湧き出ちゃって仕方ない。そんな作品なのだろう。
そんな、時代や流行りやお国柄、俳優さんの特徴などを生かした別々の演出には、やっぱりそれぞれにピッタリな別々の翻訳をつけてみたくなる。
お楽しみいただけましたでしょうか?若者言葉やネットスラングならもっとこれが合うでしょ!というアイデアがありましたら、是非教えてください!
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